18世紀ヴェネツィア。ピエタ慈善院は慈善院の前に捨てられた赤ちゃん達を養育していた。その中で音楽の才能のある子供たちは〈合唱、合奏の娘たち〉という楽団に入れられて、演奏会を行い、慈善院にとって大切な収入を得ていた。そして、その楽団に楽曲を提供し、指導していたのは、あのヴィヴァルディ。
お金持ちで、頭キレキレでクールな人と私が勝手に思っていたヴィヴァルディとは違っていた。
ヴィヴァルディは、気さくで温かくて、何よりも音楽を愛し、音楽を愛せる人が大好きで、決して才能のある子だけを贔屓にしていてわけではなかった。
決して裕福な出身ではなく、ヴァイオリンの旨かった理髪屋の息子で、彼を成功させようと必死だった父親の努力によって、ヴィヴァルディは音楽家の名誉と司祭という安定した身分を得ていたのだった。
司祭という立場を越えて愛した人の存在、養わなければならなかった家族、父親との確執、最後には彼女への愛もヴェネツィアへの愛も捨てて、ただ音楽だけを見つめて、ウィーンへ旅立ったこと。
この小説は〈合唱、合奏の娘たち〉とヴィヴァルディの活動を軸に書かれているのだと思ったがそうではなかった。むしろ視点が注がれているのは、〈合唱、合奏〉のメンバーに入りたくても、才能もなく、そもそもピエタの子ではなく、貴族の子であり、それなりに疎外感を感じていたヴェロニカや〈合唱、合奏〉からは外れ、途中で親探しを始めたエミーリア(主人公)やヴィヴァルディの死後、路頭に迷ってしまった彼の姉たちやヴィヴァルディが愛した、知性煌めくコルティジャーナ(高級娼婦)や、彼を何度も秘密裏にコルティジャーナの所に運んだゴンドリエーレらである。彼らは皆、「自分は幸せではない」と思う一面を持っているが、もう一つの共通点はヴィヴァルディの音楽に助けられてきたということである。一見関係がない、住む世界が異なる彼らがヴィヴァルディの思い出という共通項で結ばれ、幸せな晩年を過ごす。
ヴァイオリンの舟が天翔ける
遠いお空にまいりましょう。
わたしもそこへまいりましょう。
あなたはそこで待っていてくれるでしょうか。
わたしが行くのを待っていてくれるでしょうか。
ヴェネツィアには観光で一度だけ行ったことがある。24時間も滞在していなかったけれど。運河と橋で入り組んだ町。キラキラした海と運河。ゴンドラ。光と影。人々が仮面を付けて町を行き交うカーニヴァルの季節は神秘的なんだろうな。(私が行ったときはカーニヴァルの直後でカラフルな紙吹雪が道に沢山落ちていた)
あーあ、この小説の登場人物の一員になりたいな。
- 感想投稿日 : 2022年5月4日
- 読了日 : 2022年5月4日
- 本棚登録日 : 2022年5月4日
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