さくら (小学館文庫)

著者 :
  • 小学館 (2007年12月4日発売)
3.75
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本棚登録 : 9085
感想 : 845
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西加奈子さんの作品は直木賞受賞作の『サラバ!』の印象が強いのです。『さくら』とは順序が逆ですが、本作の作風はその『サラバ!』に近いと感じました。家族の物語なのもいっしょです。

子ども時代だとか、まだ言語化がうまくないじゃないですか。その頃の空気感や感じたこと、そして出来事なんかは、たとえされても淡い言語化くらいで済んでしまって、それから日々を過ごしていくうちに記憶の果てへと少しずつ退場していくもの。本作品を読んでて思うのは、西加奈子さんという作家はそういった、言語化が淡いまま過ぎ去っていったあれこれを眼前によみがえらせながらその時期の感性を損なわない形で柔らかくなんだけどある程度しっかり再言語化して軟弱な意識の基盤みたいなものの強度をあげてくれるかのようだということ。

自分自身の物語じゃないのに、読者は西さんの作品を読むことで、自分の内深くに眠っている、過去に淡く言語化したのちに心の押し入れの奥深くで忘れ去られたような記憶を「再定義」とまで堅苦しくはないけれど、その質感をありありと「再体験」できて意識の地盤が豊かに戻る経験ができる感じがする。言語化がうまくなかった稚拙な頃は、でも感性では受け取っていたあれやこれやの豊かさの土壌を踏みしめて生きていた頃でもあって、西加奈子さんの作品は、その生命力みたいなものを復活させて、言語に長けるようになった大人の自分とをつなぐみたいな力があるなあと思いました。

以下、ネタバレあり。





フェラーリとあだ名された、近所の公園にいつもいる精神障害があるふうな人物を、子どもの頃に主人公と兄はバカにしていて、のちに兄は自分がフェラーリと同じように差別される人間になったことを悟る。そして、そのあと時を経ずして兄がギブアップしてしまう原因をつくったのが、兄を愛してしまった美しい妹・ミキ。彼女は、兄と離ればなれになった兄の恋人から届く数多の手紙を隠し続け、仲を引き裂いていた。こういうところの、稚拙な頃に犯してしまう罪のどうしようもなさの描き方が僕にとっていちばんの物語の深みであり、刃先のようにぐっとささってくるところでした。

ラストはちょっとどたばたしていて、そのどたばたの仕方があまり好みではなかったのですけれども、それでも、出だしからずっと生命力が湧きで続けるかのような、心のどこかを良い意味で共振させられる作品でした。ストーリー展開のおもしろさもあるのですが、それよりも豊かな感性による語り方とでも言った方がよいものがこの物語の強みのような気がします。

他にも西加奈子さんの作られた小説はいっぱいありますから、またちょっと間をあけてから手に取りたいです。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 小説
感想投稿日 : 2023年3月18日
読了日 : 2023年3月18日
本棚登録日 : 2023年3月18日

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