詩羽のいる街 (角川文庫)

著者 :
  • KADOKAWA (2011年11月25日発売)
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他人に親切にする事を仕事にしてお金を一切手にせずに生きる詩羽のお話


自分の描きたいマンガと編集者が言う売れるマンガへの修正に悩む男
公園で小学生達のカードゲームの三角トレード、果ては五角トレードまでこなし、すべての子に利益を配る女性 詩羽に出会う
「デートしよう」と誘われて行った先々で経験する詩羽の生き方
人に優しくすることで、お金ではない対価を得て生きている詩羽
人々が何を望み、何を提供できるかという情報を巧みに繋ぎ合わせて相互に利益を得るネットワークを構築している

世の中の不条理に失望して自殺を試みようとしている少女
証拠を残さずに自分は捕まらない程度の悪意を振りまくことに愉悦を感じている男
「詩羽」の噂を知り、アニメの聖地巡礼にあやかったオリエンテーリングに参加する女性



「人に親切にするのが、あたしの仕事」という詩羽
親しい友人によると「詩羽はね、触媒なの。彼女自身は変らないんだけど、彼女がいることで周りの人が変わっていくの」

言い得て妙である
需要と供給があるにも関わらず、出会ってもその条件が難しい反応
詩羽が媒介することで反応のきっかけが生まれ、後は自然発生的に展開していく

解説で有川ひろがこう表現している
『詩羽は「奇跡」に魔法を使わない』

確かに、潜在的な常用と供給を繋ぎ合わせるのは魔法を使わない奇跡に見える

『だが、「奇跡のシステム」を使いこなすには才能が要る。詩羽自身も自分がその才能に優れていることを認めている。
詩羽のような才能を持ち得ない私たちが、現実に奇跡を持ち帰ることは難しいかもしれない。
しかし、そのシステムを「知っている」ということは、私たちの人生を大いに豊かにするだろう。』

物語故のご都合展開が多分に含まれるため、詩羽のような存在は非現実的だとも思う
でも、世の中の仕組みとして、そんな側面もあると知っているだけで世の中の見え方が変わってくると思う


ここ数年お金に触ってすらいないという詩羽
お金とはどんな存在だろうとも考えた

「誰かに親切にして、お返しにお金を要求する。すると不快な気分になる人が多いわけよ。でも、『今度おごってね』とか『今度泊めてくださいね』とか『要らなくなった服があったらちょうだい』とか、お金以外の報酬を切り出すと、たいていOKしてくれる。あなただってそうでしょ? あたしに携帯電話使わせてくれる。通話料がかかるのに」 「いや、そんなの安いもんだし……」 「あたしが『一〇円ちょうだい』とか言ったらどう? 嫌な気分でしょ?」

お金は複数の人が同様の価値を認めた数字
共通の価値で等価交換するためのツール

詩羽のやっていることは、情報に付加価値を付けて提供するキュレーション
詩羽の場合、人によっては大した価値がない情報や物を、必要としている人に付加価値を付けて提供する事で、その差分の見返りで生きている
その見返りは、場合によっては提供した価値以上の対価でもある
でも、それらは他の人にとっては価値を持たなかったり、詩羽にしか適用されないものだったり

どんな人にも共通の価値の数字であるお金に比べて不便だけど、価値の差分と言う意味ではもの凄く効率がいい
でも、前述や作中で自称している通り、他の人が同じようにするには才能がいる

要は、結びつける情報の収集能力と誰が欲しているかというマッチング能力の規模と精度の問題か

まぁ、その根本に必要なのは「悪い人はいない」という性善説を信じる心構えなのかもしれない



作中作としてあらすじが描かれている「戦場の魔法少女」
略称「戦まほ」
力だけを与えられてしまった少女の理想と現実のギャップ認識


戦争なんてどちらの立場に立つかによって正義の意味は変わるし
平和的な解決を望むのであればお互いの求めているものの把握が必要
でも、それがお互いに譲れない競合するものだからこそ戦争になってるんだよね
行為そのものの対処をしたとろで止まるわけがない

ゾンビ、ポトフ、巨大化
元ネタがいくつか思いつくけど、それらを合わせてこんな展開にするとは
えっぐいなぁ……



悪意に関するところはそんなでもないけど、個人的に身につまされたのは、変化を嫌う精神についてでしょうか

「今まで通りの生き方を続けること」が人生の目的になってしまっている人

私はなるべく平穏な生活をしただけなんですけどね
まぁ、そのためにはそれを維持するための変化を受け入れなければいけないというのは理屈としてはわかる

人は幸福になるのは目的なのに、そして他はすべてそのための手段なのに、いつの間にか手段が目的になってしまって、目的のために手段を変える=今やっていることを修正するってことができない人
うーん、耳が痛いなぁ……


有川ひろが解説を書いている理由は、解説の最後にあるように、「レインツリーの国」が参考文献になっているからだけど
人の悪意とその対抗策に関して、自著の作品と似たような傾向があるように思われる



山本弘さんらしく参考文献が多数
作中で元ネタに気付いたやつは読んでいて「ニヤリ」とする

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 未設定
感想投稿日 : 2023年10月6日
読了日 : 2023年9月28日
本棚登録日 : 2023年10月6日

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