椋鳥日記 (講談社文芸文庫)

著者 :
  • 講談社 (2000年9月8日発売)
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感想 : 8
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ロンドン滞在雑記というか、紀行文といおうか、そういった類のものではあるのだけれど、そう合点して読み進めていくと、いきなり面食らう事がある。
それを引くと、下記のような部分だ。
 ~仏蘭西窓越しに陽射の明るい裏庭をぼんやり見ていたら、うつらうつら睡くなった。
 何だか妙な音楽が聞こえて、裏庭の黄色い土の上を小人の行列が通る。先頭に立っているのはキイツで傘を差している。そう云えば、好い天気なのに雨が降っている。気が附いたら、先頭の小人はキイツではなくて、小さな狐が蕗の葉を翳して行くのである。倫敦は天気雨が多いので、狐の嫁入がよく見られます、と誰かが云った。

キイツ(ジョン・キイツ・・18世紀、英国の詩人)の家を訪ねた際の文章だ。ただの紀行文だと思って、読んでいると面食らう。ただ、こういうあからさまに幻想的な情景が描かれるのは、ここだけであるが、解説に清水良典も書いているように、時折、不安や老い、死の影が差して、それが文中に現れる事がある。

そうして、これもまた、解説にも在るが、これを読んでいて、訪問年代が明瞭でない点に気付く。
実は70年代初めなのであるが、そこには当時英国で数多の如く見られたであろう若者の風俗が一切と言って良い程、登場しない。一箇所だけ、ギターを抱えた若者達が・・といったような記述はあったが、小沼の「眼」からは意識的にか除外されているのだ。
代わりに英国の風土や酒場を始めとする商店の様子、バスの車内風景等は、観察し、描かれている。
然し、それが如何にも英国ながら、日本での情景としてあってもおかしくないのではないかと思える。
最終的に小沼はアッシュフォードの駅で、蕎麦を食べようと思った際、引き揚げる潮時を考えないといけないと思ったというように書いているが、拙者には、最初から異国の地であれども、国内に居るのと然程変わらない、作者の自我というものの強さを感じていたのだけれど・・

余談ながら、本書に「椋鳥」は出て来なかったように記憶している。何故「椋鳥日記」なのであるかは、瑣末な事ながら、若干、心に掛かった。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 日本文芸(か)
感想投稿日 : 2010年6月6日
読了日 : 2006年9月12日
本棚登録日 : 2006年9月12日

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