手のひらで握りこめるくらいの白い石がおいてある。よく見ると、ふんわりと透き通った、乳白色のガラスである。表面はすべすべとして、どこかいびつで、ひんやりとしているけれど、ほのかな温度が感じられる。硬質なのに印象はやわらかく、しかし薄い膜のようなものにとざされて、決して直接は触れられない。どこかエロチックで、魅力的な死のにおいがする。
小川洋子氏の作品に触れると、いつもそんなガラスの石が思い浮かぶ。
遠い外国の地で人質にされた日本人たち。明日をも知れぬ彼らは、自分たちの人生において印象深い出来事を書きつづり、順番に朗読しあうようになった。聞いているのは、自分たちと、犯人グループと、ひそかに盗聴していた捜査員のみ。
彼らは、先行きのまったく見えない自分たちの未来をいったいどうとらえていたのだろう。絶望なのか、わずかにでも希望を抱いていたのか、それともそんなことはもう超えてしまっていたのだろうか。紡がれる彼らの物語は、無意識か、直接ではなくても、どれもが生や死に触れられている。
今このときを生きるために、過去を語る。誰かに語りたい物語のひとつを誰もが持っているとするなら、自分は何を語るだろう。
そんな極限状態になくとも、ふと、なんでもないむかしの光景を思い出すことがある。強い印象をもたない些細なできごとが、今の自分をかたちづくっているのだと実感する瞬間でもある。
小さな毎日を積み重ねて生きている、という意味をなんとなくいとしく思う、そんなきっかけになる、ちいさな宝物みたいな1冊。
- 感想投稿日 : 2014年4月13日
- 読了日 : 2014年4月13日
- 本棚登録日 : 2014年4月13日
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