ルポライターの浅見光彦が探偵役として活躍する、内田康夫の推理小説シリーズの一作。
奈良県の箸墓古墳とホケノ山古墳を題材に、邪馬台国論争に一石を投じたとされる長編作品。
邪馬台国畿内説の証明に人生を懸けた考古学者の死を皮切りに、考古学界を揺るがす銅鏡の発見と、発掘関係者の殺人事件が続く中、渦中の老学者の遠き過去に潜む怨念の構図を、浅見が丁寧に紐解いてゆく。
内田氏の著作に目を通すのは今回が初めてだが、どことなく舞台脚本に近いタッチによる、会話劇とも言える淡白さが印象的だった。
主人公の推理法を厳密に鑑みるならば、物証を積み上げての科学的な推測というより、想像力を駆使した推論の連鎖なので、ミステリとしての評価は難しいのが実情。
しかし、卑弥呼の墓を巡る古代史ロマンと、戦中戦後日本の男女の愛憎劇が絡み合い、表題通り、湿度の高い妄念と生々しい野望が幻想的に投影される、不思議な味わいの一篇となっている。
また、日本の考古学史の汚点の一つである、旧石器捏造事件に近似した偽装工作と、事件発覚前の予言めいた言及の符号も見逃せない。
個人的にも、奈良は大好きな土地であり、幾度となく現地を旅した経験がある。
あの牧歌的で美しくも物悲しい風景を想い、時代を超えて繰り返される、人間の業の度し難さが遣る瀬無い。
読書状況:読み終わった
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カテゴリ:
小説(ミステリ・サスペンス)
- 感想投稿日 : 2022年9月4日
- 読了日 : -
- 本棚登録日 : 2022年9月4日
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