松風の門 (新潮文庫)

著者 :
  • 新潮社 (1973年9月3日発売)
3.78
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感想 : 27
4

短編集。
「松風の門」
八郎兵衛はかつて神童と呼ばれていた。だが藩主の息子の遊び相手を勤めていた際に誤って片目を失明させてしまう。以来、才気も見せず忘れられた存在となっていたが、農民たちの一揆が起ころうとしている時、八郎兵衛は単独で首謀者を斬り殺すことで事態を収束し、腹を切った。主君の片目を奪ってしまった償いの機会を待ち続けていた八郎兵衛の忠義とそれを知る人々の心情が胸に迫る。

「鼓くらべ」
大店の娘お留伊は鼓の名手として知られていた。御前での鼓くらべに向けて練習に励んでいたが、ある老人と知り合うことで己の慢心や競うことの愚かさを知る。

「狐」
天守閣に妖怪が出る。乙次郎はその原因を解明することを命じられる。天守に泊り込んだ乙次郎は密かに買い入れた狐を退治して見せることで災いは去ったと周囲を安堵させ、本来の原因であった天守の修繕を勧める。いい夫婦。

「評釈堪忍記」
短気で知られた千蔵は堪忍袋の紐の締めどころを心得てからは他者と揉めることなく過ごしていた。しかしそれも限界を迎え…。コミカルな話。

「湯治」
おたふく物語三部作の三作目。おしずとおたかの姉妹には栄二というろくでなしの兄がいた。不意にやってきては世の中のためと言っては家から金を持ち出す。おたかの嫁入りのために仕立てた衣装すら質屋に持ち込まれそうになり、おしずが兄を責め立てるシーンがつらい。去って行った兄を追ってしまうおしずの姿に切ることの出来ない肉親の情が感じられた。

「ぼろと釵」
あたしつうちゃんよ。そう言った幼馴染を男は忘れられずにいた。男はかつて住んでいた辺りの酒場で女を探していると周囲の客に語る。男の語る清純そのものといった女の姿に、客達はあれは強かな女だったと異を唱える。落ちぶれて売女となっていたお鶴は、その店の小座敷で酔い潰れていたのだ。しかしかつての面影を見出した男は嫌悪することなく、垢じみた女との再会を噛み締め、肌身離さず持ち続けたお鶴の釵を見せる。男は女を連れ帰り、店の中は静けさに満ちる。情愛という言葉が浮かんだ。

「砦山の十七日」
哲太郎は藩政のために同志七人と立ち上がる。しかし事態は急変し、騒乱の主謀者として追われる立場となる。危険を知らせに来た婚約者と共に砦山に立て篭もり、使者に発った仲間の帰りを持つ。だが仲間の中に己の命を狙う者がいると知り…。

「夜の蝶」
お幸という狂女がいる。居もしない赤ん坊を抱いて近所を徘徊するが、住人達も憐れんでか皆が揃って話を合わせてやっている。酒場の客達が旅の男にお幸の事情を語る。お幸は麻問屋の娘で、婿となるはずの手代が店の金を持ち逃げしたことで狂ったという。しかし麻問屋に勤めていたという客のひとりは否定する。手代の高次はそんなことをする男ではない。主人に心からの恩を抱いていた、死に恥を晒させないためにそんな芝居を打ったのだと。それを聞いていた旅の男の正体は…。

「釣忍」
天秤棒を担ぐ定次郎は、大店の息子だった。だが腹違いの兄に跡目を継いでほしいためにわざと勘当されるほどの乱行を繰り返した。勘当後は女房のおはんと幸せに暮らしていたが、兄に見つけられてしまう。勘当後の真面目な生活振りに弟の思いを知った兄は定次郎を連れ戻そうとする。切ない終わりだが、いつか理解し合えたらいいな。

「月夜の眺め」
武者話をする伊藤欣吾とそれを肴に酒を呑む男達。嫌われ者の下っ引きを皆でやりこめる話。

「薊」
鋳太郎の妻おゆきは同性愛者だった。そのことを知らぬ鋳太郎はおゆきとの生活に苛立ちや疑問を貯めていく。そうして死を選ぶ妻を止める手立てもなく…。

「醜聞」
功刀功兵衛はかつて妻に密通の末に逃げられた。恥とならぬよう病死と届け出ていたが、ある日その元妻のさくらが乞食同然の姿で現れ、金を強請る。さくらは功兵衛を人間である前に侍であると言い、人間らしさや愛情がないと責める。厄介で醜悪な存在だったが、さくらの登場によって現在の妻ふじへの思いやりが持てるようになったのでよかった。

「失恋第五番」
千田次郎は社長の息子であり、会社に在籍してはいるもののいつも気侭に暮らしているが、かつて特攻隊を送り出す立場だった痛みを抱え続けていた。同じ傷を抱える戦友に誘われ、死んでいった若者たちのためにも、「特攻くずれ」達が起こす犯罪を阻止すべく酒神倶楽部(バッカスクラブ)に加入する。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 未設定
感想投稿日 : 2012年6月24日
読了日 : 2012年6月18日
本棚登録日 : 2012年6月12日

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