雲の墓標 (新潮文庫)

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  • 新潮社 (1958年7月22日発売)
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2015.10記。

個人的追悼:小説家阿川弘之氏 (長いです)

小説家の阿川弘之氏がなくなった。とくに若い頃熱心に読んだ敬愛する作家のひとり。

阿川氏は自ら若き士官として務めた旧日本海軍への深い愛情を文学の下敷きにしていた。故に、戦後の文壇からは長く「反動」のレッテルを貼られ、大江健三郎に代表される「良心的」な作家と不当な形で比較されてきた。しかし一冊でも読めば、彼の作品が痛切なまでの反戦文学であることは容易に読み取れる。

海軍善玉、陸軍悪玉論は阿川氏が確立した史観であり(与那覇潤「中国化する日本」より)、最新の昭和史研究では見直しが進んでいるが、そのことと文学としての価値とはもちろん(無関係とは言えないにせよ)別個の問題だ。

「井上成美」「山本五十六」といった伝記文学、あるいは「暗い波濤」「春の城」といった戦争物の傑作群の中でもとりわけ印象深いのは「雲の墓標」。学徒動員されて特攻隊員として散っていく青年の姿をきりっとした文体で描く。士官学校でのカンニングシーンなどのたくまざるユーモアや、組織の理不尽さ、何より主人公の死を暗示させながら一切の具体的な描写がないラストシーンは強く心に残っている。

それにつけても考えるのは、戦争で亡くなった英霊に、「申し訳ない」と思うのか、「感謝」と思うのか、の違いだ。とくに若い世代が英霊、という言葉を使う場合、「英霊に感謝」という視点が大半だ(小林よしのりの「戦争論」が嚆矢だろう)。

それを決して否定したいわけではない一方、阿川氏も含めた戦争を実体験している表現者の作品に感じるのは、「自分だけ生き残って申し訳ない」という気持ちだ。この世代の人が「すぐ横で死んでいった同僚に感謝」なんて言っているのは見たことがない。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 未設定
感想投稿日 : 2019年1月20日
読了日 : 2020年7月18日
本棚登録日 : 2019年1月1日

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