美しき愚かものたちのタブロー

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  • 文藝春秋 (2019年5月31日発売)
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戦前、川崎造船所(川崎重工、川崎製鉄の前身企業)の経営者として巨万の富を築き、その財力でヨーロッパの印象派・後期印象派の絵画を買い漁り、日本に私設の美術館(「共楽美術館」)を作ろうと画策した松方幸次郎。

その松方の夢は川崎造船所の経営悪化で頓挫したが、ヨーロッパに保管されていた膨大な数の絵画(松方コレクション)は、第二次世界大戦の最中もある男は手でしっかりと守られていた。松方コレクションは戦後、フランス政府が「第二次世界大戦時の敵国の在外財産」として接収し、所有してしまっていたが、この絵画コレクションを日本の手に取り戻そうと松方の盟友、吉田茂首相が立ち上がった。フランス政府との交渉人に選ばれたのが、日本を代表する美術史家、田代雄一。その田代は、かつて欧州留学中に松方の絵画購入のアドバイザーを務めたのだった。

本作は、田代のフランス政府との松方コレクション返還交渉、絵画購入に向けた松方・田代のパリ画廊巡り、そして絵画管理人日置の戦時中の孤軍奮闘、などの場面を描いた力作だ。なお、「タブロー」とは、フランス語で絵画のこと。

「いかにもわしは愚かものだろう。絵のなんたるかもよくわからんくせに、ただやみくもに絵を買い漁る愚かな年寄りだろう」「わしは絵のことはわからん。それでも絵を買い集めるのだと決心した」「かつての君のように、ほんものの絵を見たくても見られない若者が、日本にはごまんといる。白黒でないほんものの絵を、彼らのために届けたいんだ」「日本にも、このルーブルに負けないくらいの美術館を創らんといかん。……なあ、田代君。わしは、本気なんだよ」。太っ腹で大胆果敢な松方の人物の大きさが印象に残る一冊だった。

松方コレクションの返還/寄贈交渉、実際はどんな感じだったんだろう? かなりタフな交渉だっただろうことは想像に難くないが。

著者の本を読む度に、その文章の巧みさから、自分も絵画の素晴らしさを理解できるのではないかと錯覚してしまうのだが…。本作の中で大絶賛されているファン・ゴッホの「アルルの寝室」の良さは、残念ながらよく分からなかった。田代に「これは、タブローという名の「奇跡」じゃないか」と独白させるような凄さ、どこにあるのかな? 少しくすんだ色で、寝室を歪んだ形に描いた平凡な絵しか見えない。"奇跡" といわれてもなあ(笑)。絵心の無さを痛感させられた一冊でもあった。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 小説(その他)
感想投稿日 : 2021年8月28日
読了日 : 2021年8月28日
本棚登録日 : 2021年8月25日

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