「松本清張は今の社会派ミステリの潮流を作った巨人である」
一応、ミステリはそこそこ読んでるのでそんな認識はあったのですが、これまで松本清張は未読でした。なんか固い話ぽいし、時代も昭和が舞台で古くさそうだし、というのが主な理由なのですが……。いや、完全にバカやってしまってたわ……。
結婚直後の夫が失踪し、それを探す妻の話とあらすじは単純。文体も今の時代と比べると少し古さは感じます。話の展開も良く言えば地に足ついた、悪く言えば地味な展開が中盤まで続くし、古典だけあって仕掛けも、既視感のあるものが多いです。
しかし、全くそれが問題に感じられないのが、読んでいてスゴいと感じました。古風な文章が読んでいて全く苦にならないのは、話や文章のテンポがいいから、という単純なものとは思えません。
話の舞台となる北陸の冬という厳しく寒々しい景色。これがこの古風な文章と完全にマッチし、物語や時代の闇を、そこはかとなく伝えてくれるのです。これはもう社会派ミステリの枠を超えて、文学の領域に足を踏み入れていると思ってしまいます。
ミステリとしての展開の巧さにもうならされます。仕掛け自体は先に書いたように既視感はあるのですが、何かが分かりかければ、また新たな謎が生まれたり、事件が起こったりと、先へ先へと引きつける展開は見事の一言に尽きます。
ミステリに擦れてない子どもの頃に読んだら、たぶん清張作品はほぼ網羅する勢いで読み込んだのではないか、とも思います。まあ、もし小学生時代に読んだとしたら、北陸の景色や時代の暗さの描き方のスゴさに気づけなかったと思うので、それはそれでどうなんだ、とも思うのですが(苦笑)
そして、本を読み終えたときに残る余韻も忘れ難い。『ゼロの焦点』ってカッコいいタイトルだなあ、とは思っていたのですが、作品を読み終える頃には、このタイトルの意味が物語の深みを改めて伝えてくれるのです。
この作品で犯人が直接描かれることはほぼありません。それでも読み終えたとき、犯人はどんな思いで犯行を続け、最後の決断に到ったのか、それを悶々と考えてしまいます。そしてこの感情は、宮部みゆきさんの『火車』を読んでいたときにも覚えたものだと思います。
『火車』の場合は失踪した女性を探す話なのですが、その女性は直接描かれず、周りの人間の証言と行動だけで彼女の思考や感情を浮かび上がらせます。おそらく直接描いていないのに、事件の中心人物に思い巡らせてしまう作品というところが、二つの共通点だと思います。
そして『ゼロの焦点』がスゴいのは、後半のいくつかの場面と主人公の推理だけで、犯人の人生や犯行時の思いにまで、読者の考えを到らせてしまうこと。これができたのは物語全体に文章や北陸の景色を通して、時代の闇をまとわせることができたからこそだと思います。(単に自分の妄想力が爆発しただけかもしれませんが……)
宮部さんは『火車』のことを「自分が書いたというより、時代の要請で書かれた小説」という風に話していたそうです。この『ゼロの焦点』も、ある意味では時代から生まれた小説なのではないかと思います。そして、そんな時代から生まれた小説は、きっと作中の時代と関係なく、未来に読み継がれる力を持った小説だとも思うのです。
ミステリとしても、昭和を描いた小説としても、文学としても読み応えのある作品でした。そして改めて古典作品のスゴさと、今でも読み継がれている意味を教えてくれる作品でもありました。やっぱり残る作品には意味があるんだなあ。
- 感想投稿日 : 2020年3月29日
- 読了日 : 2020年3月22日
- 本棚登録日 : 2020年3月22日
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