ゼロの焦点 (新潮文庫)

著者 :
  • 新潮社 (1971年2月23日発売)
3.60
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本棚登録 : 4097
感想 : 437
5

「松本清張は今の社会派ミステリの潮流を作った巨人である」

一応、ミステリはそこそこ読んでるのでそんな認識はあったのですが、これまで松本清張は未読でした。なんか固い話ぽいし、時代も昭和が舞台で古くさそうだし、というのが主な理由なのですが……。いや、完全にバカやってしまってたわ……。

結婚直後の夫が失踪し、それを探す妻の話とあらすじは単純。文体も今の時代と比べると少し古さは感じます。話の展開も良く言えば地に足ついた、悪く言えば地味な展開が中盤まで続くし、古典だけあって仕掛けも、既視感のあるものが多いです。

しかし、全くそれが問題に感じられないのが、読んでいてスゴいと感じました。古風な文章が読んでいて全く苦にならないのは、話や文章のテンポがいいから、という単純なものとは思えません。

話の舞台となる北陸の冬という厳しく寒々しい景色。これがこの古風な文章と完全にマッチし、物語や時代の闇を、そこはかとなく伝えてくれるのです。これはもう社会派ミステリの枠を超えて、文学の領域に足を踏み入れていると思ってしまいます。

ミステリとしての展開の巧さにもうならされます。仕掛け自体は先に書いたように既視感はあるのですが、何かが分かりかければ、また新たな謎が生まれたり、事件が起こったりと、先へ先へと引きつける展開は見事の一言に尽きます。

ミステリに擦れてない子どもの頃に読んだら、たぶん清張作品はほぼ網羅する勢いで読み込んだのではないか、とも思います。まあ、もし小学生時代に読んだとしたら、北陸の景色や時代の暗さの描き方のスゴさに気づけなかったと思うので、それはそれでどうなんだ、とも思うのですが(苦笑)

そして、本を読み終えたときに残る余韻も忘れ難い。『ゼロの焦点』ってカッコいいタイトルだなあ、とは思っていたのですが、作品を読み終える頃には、このタイトルの意味が物語の深みを改めて伝えてくれるのです。

この作品で犯人が直接描かれることはほぼありません。それでも読み終えたとき、犯人はどんな思いで犯行を続け、最後の決断に到ったのか、それを悶々と考えてしまいます。そしてこの感情は、宮部みゆきさんの『火車』を読んでいたときにも覚えたものだと思います。

『火車』の場合は失踪した女性を探す話なのですが、その女性は直接描かれず、周りの人間の証言と行動だけで彼女の思考や感情を浮かび上がらせます。おそらく直接描いていないのに、事件の中心人物に思い巡らせてしまう作品というところが、二つの共通点だと思います。

そして『ゼロの焦点』がスゴいのは、後半のいくつかの場面と主人公の推理だけで、犯人の人生や犯行時の思いにまで、読者の考えを到らせてしまうこと。これができたのは物語全体に文章や北陸の景色を通して、時代の闇をまとわせることができたからこそだと思います。(単に自分の妄想力が爆発しただけかもしれませんが……)

宮部さんは『火車』のことを「自分が書いたというより、時代の要請で書かれた小説」という風に話していたそうです。この『ゼロの焦点』も、ある意味では時代から生まれた小説なのではないかと思います。そして、そんな時代から生まれた小説は、きっと作中の時代と関係なく、未来に読み継がれる力を持った小説だとも思うのです。

ミステリとしても、昭和を描いた小説としても、文学としても読み応えのある作品でした。そして改めて古典作品のスゴさと、今でも読み継がれている意味を教えてくれる作品でもありました。やっぱり残る作品には意味があるんだなあ。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: ミステリー・サスペンス
感想投稿日 : 2020年3月29日
読了日 : 2020年3月22日
本棚登録日 : 2020年3月22日

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コメント 4件

地球っこさんのコメント
2020/03/31

とし長さん、こんにちは。
とし長さんのレビューを読ませていただいて俄然『ゼロの焦点』読みたくなりました。
今すぐとはいかないかもしれませんが、いつかちゃんと読んでみます。

『点と線』は読んだことがあるのですけど、容疑者を地道な捜査と執念で追い詰めていく刑事たちの物語、人間ドラマに感情を持っていかれました。
もちろん推理も面白く、アリバイが崩れていくさまに引き込まれたものです。

昭和という時代の闇から生まれたのが、松本清張先生のミステリなんですね。

ところで『ゼロの焦点』って本当に格好いいタイトルですね。
『名探偵コナン』好きのわたしには、とくに響きます。(意味わかりませんよね、すみません。流してください)
「ふざけたこと言っちゃいけないぞ」と空の上から清張先生や清張ファンの方々にお叱りを受けちゃいますから。
ここだけの秘密にしといてくださいね。
お願いしますっ(^o^;

沙都さんのコメント
2020/03/31

地球っこさん、コメントありがとうございます。

『点と線』自分も読んでみたいです!
時刻表トリックがどうも敷居が高い感じがあったのですが、地球っこさんのコメントを読んでいると、その要素以外でも十二分に面白そうですね。

清張さんの作品についてはレビューでも少し触れましたが、トリックや仕掛けうんぬんを抜きにした魅力があることに『ゼロの焦点』で気づけました。責読本を片付けつつ、『点と線』もそのうち挑んでみます。

ところで『ゼロの焦点』とコナンの関係性が気になります。最近のコナン事情には疎くて……。最近の映画でゼロがつくタイトルがあったのと、安室というキャラがゼロと関係あるのはなんとなく分かるのですが、そこらへんでしょうか?

怒られそうになったら一緒に頭下げるので(笑)また良かったら教えてくださいね。

地球っこさんのコメント
2020/04/01

とし長さん、おはようございます。
わたしも松本清張作品、いろいろ読んでみたくなりました。

えっと『ゼロの焦点』とコナン、
全く関係ありません 笑
ただ『ゼロ』というワードにときめいてしまったもので……あはは。

とし長さんの推理どおり、
安室透が「ゼロ」と関係あります。
彼は黒の組織の「バーボン」
喫茶店ポアロのアルバイト店員
私立探偵(毛利小五郎の弟子)
そして公安警察を束ねる影の司令塔『ゼロ』こと、
警察庁警備局警備企画課所属の公安警察官、降谷零としての顔を持つ
トリプルフェイスなのです。
本名が「ふるや れい」なので、れいとゼロをかけてるというのもあります。

映画にも安室さんがメインの『ゼロの執行人』ありました。

安室さん好きなんです。
ミステリアスで、
料理もテニスもギターも
なんでもできて、
「日本」が恋人。
そんな最強のキャラですから。
そんな人って現実にはいませんもの。

でも実のところ、服部平次くんが一番好きなんですけどね☆

はい、ただそれだけのことでした(*^^*)
申し訳ございませんでしたm(_ _)m

沙都さんのコメント
2020/04/01

地球っこさん、再びコメントありがとうございます。

安室ってそんな複雑なキャラだったんですね。安室が自分の中で印象に残っていたのは、ある日のニュースで安室の本名である「降谷」の名字のハンコが売れている、というものを見たからでした。

何でも安室ファンの方がこの「降谷」姓のハンコを注文して買ってるらしく、そのニュースを見たときは、いろんな意味で「スゴいな」と思ったものです。

でも地球っこさんは、服部平次派なんですね(笑)完全に騙されました。これはある意味本格ですね(北村薫さんふうに。覚えてらっしゃるでしょうか?)

ちなみに自分は和葉と灰原哀(特に初期の)が好きです。

完全に松本清張と関係ない話になってしまいました(苦笑)

いずれ『ゼロの焦点』を読まれましたら、是非レビュー読ませてくださいね。

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