『阿保嵩じて崇高となる。我らはそれを誇りとする』
『面白きことは良きことなり!』
『阿保の血のしからしむるところさ』
森見登美彦作品を貫く核が、またとなく詰まった作品でした。訳の分からないあらすじ、そして設定なのに、どうしてこうも楽しく面白可笑しいのか。それはまさに著者の森見登美彦さんが、奇想天外な発想を崇高になるほどに極め、「面白きことは良きこと」と、徹底的に真面目に阿保を極めているからだと思います。
狸、天狗、人間が入り乱れ、京都の街を舞台に繰り広げられる大立ち回り。狂言回しとなるのは、狸の名門・下鴨家三男で「阿保」で名高い(?)矢三郎。
下鴨家長男矢一郎は、亡き父の後を継ぎ、狸界の頭領を目指すが、急なピンチにはめっぽう弱く、次男は蛙に変身し、井戸の底に潜ったまま上がってこない。四男はちょっとしたことで変身が解けそうになる未熟者。そしてそんな息子たちを優しく包む母。
そんな下鴨家に加え、弥三郎たちの先生である、天狗の赤玉先生は、今や神通力を失い態度ばかりが偉そうで、色恋にうつつを抜かす始末。赤玉先生が連れこんだ人間の女の子は、本家の天狗以上の力を持ち、弁天様と呼ばれるように。さらにこの弁天は、年に一度狸鍋を喰らう「金曜俱楽部」に所属していて……
そして下鴨家と狸界の頭領を争う夷川家も、個性豊かな狸たちがそろっています。
狸たちを毛玉風情と表現する、そうした文体やワードセンスはもちろん、ハチャメチャなストーリーの展開、どことなく古風だけど個性豊かなキャラクター達と、どこをとっても森見節にあふれています。真面目に感想を書こうと思っても、何をどう書いていいのかよく分からない。
キャラクターや文体にのめりこんでいくうちに、いつの間にか笑い、いつの間にかハラハラし、いつの間にか切なくなり、いつの間にか興奮し、そしていつの間にか終わっていたような気がする。まさにお祭りのような一冊。
とんでもないほら話なのに、物語がまったく息切れしないばかりか、最後まで盛り上がりを見せるのは、すごいの一言に尽きる。特に終盤の電車のシーンは圧巻でした。泣かせにきている場面でもないのに、なんだか訳の分からない感動まで押し寄せてくる始末。
話自体はよくよく考えると、結構えぐいことをやられている気もするのですが、それも全部『面白いことは良きことなり』の精神が飲み込んでいく。そして狸たちの家族の絆が、心にグッと迫ってくる。
時に可笑しい、時に切なく、でもやっぱり可笑しい、愛すべき毛玉風情(狸)たちの奇想天外、ハチャメチャなドタバタ劇。後にも先にもきっと生まれない、森見さんだからこその傑作でした。
第5回本屋大賞3位
- 感想投稿日 : 2021年2月14日
- 読了日 : 2021年2月10日
- 本棚登録日 : 2021年2月10日
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