日本沈没(下) (角川文庫)

著者 :
  • KADOKAWA (2020年4月24日発売)
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本棚登録 : 516
感想 : 33
5

 1973(昭和48)年刊。
 何度も映画化・テレビドラマ化・劇画化され頗る有名な作品。小松左京さんの本は数冊読んだこともあって嫌いな作家ではなかったが、これは初めて読んだ。
 私はいわゆるパニック映画が好きで、「ポセイドン・アドベンチャー」「タワーリング・インフェルノ」新しいものでは「デイ・アフター・トゥモロウ」など、何度も観た。建物等が大がかりに破壊され、大勢の人びとが叫び、逃げまどうの様子、そのカタストロフに一種の痛快さを感じてしまう。
 小松左京さんは群衆が驚き逃げまどうようなパニックものが得意であったようだが、本作はまさにこの路線の究極のものである。なにしろ一国が消滅するというレベルの大災厄なのだから、その破壊のスケールは凄まじい。
 読み始めると最初の第1章は海洋探査に関わる馴染みのない用語に惑わされ、あまり面白くもないように感じたが、日本列島の破局の兆候がいよいよ濃厚になってくるにつれどんどん面白く、手に汗握るように読んだ。上巻の終わりの方で第二次関東大震災と称される東京の大地震が生々しく描写されるに及んで、痺れるような興奮を覚えた。
 現在を舞台としたSFでは、いや、人物が多く登場し写実を基本とする小説は全部そうだろうが、「シミュレーション」の展開が書くことの核心となる。その想像が生み出す像がリアルさを持って読む者に迫る時、小説は傑出したものと受け止められるだろう。
 小松さんはSF作家だからもともとそういうことが得意であったのだろうが、きっとこれを書くためにもの凄い量の資料を読み込み、多数の取材を経たに違いない。そうした作家の凄まじいほどの努力が窺われ、全く敬服するほかない。地球科学から政治・社会、あらゆる知識が総動員され、壮大なシミュレーションが繰り広げられ、そこには胸をうつ迫力が醸し出される。その上、自然とともに生きてきたという「日本人」の心性への深い了解も語られ、作品は更に奥行きを深める。
 本作の中で打ち出されるマントル対流の科学的理論はもうかなり古いだろうし、国内随所を大地震が襲う中で(東日本大震災で我々が目撃したような)原子力発電所が引き起こす深刻極まりない二次災害の要素が出てこないことなど、現在の知見からはやはり「古さ」が見受けられるものの、読んでいてそれが気になるということは無かった。圧倒的なシミュレーションのメカニズムが小説ストリームを強靱に生成するので、我々は唖然としながら読むばかりである。
「芸術ではない」と断じる人が大半だろうけれども、シミュレーションという近代小説の定石を極度に延長した迫真のリアリティを示すことにおいて、これは実に見事な作品だと私は考える。日本文学史に本作のタイトルが刻まれてあっても何の不思議もないと私は思う。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 文学
感想投稿日 : 2022年5月7日
読了日 : 2022年5月6日
本棚登録日 : 2022年5月6日

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