バーボン・ストリート (新潮文庫)

著者 :
  • 新潮社 (1989年5月29日発売)
3.55
  • (44)
  • (111)
  • (173)
  • (11)
  • (1)
本棚登録 : 1083
感想 : 92

こんなにも心を奪われる筆致が他の人間によるものだという現実にいつも打ちのめされる。幾度生まれ変わってもこの人になれない。彼の文章は淡々と精緻で、それゆえ酷薄で、何かを書くという行為が暴力的なものだというのがよくわかる。親しい相手について書いているはずなのに、親しさを読者に感じさせない。この人に書かれるのは怖いだろうと思う。
人間らしい熱っぽさや湿っぽさには欠ける淡々とした文章だが、それはけっして彼の存在を読者に意識させないということではない。むしろ、そうして丹念に整形され並べられた言葉たちからは、むせかえるほどに沢木耕太郎という人間の存在を感じる。ところどころに織り交ぜられる謙遜すらも計算づくであることがちらついて見える、自分をどういう人間に見せたいかを意識した文章。そういう自意識の匂い立つような人間のことがどうしようもなく疎ましくて、それでいて惹きつけられてやまない。世界で一番好きな文章を書くひとだと思ってきたが、私は案外このひとが大嫌いなのかもしれない。
好きな声優は音楽を作るひとでもあり、文章を書くひとでもあるが、彼の書く詞や綴る言葉にも同じことを思う。自分のつくるものをあまねく認められたい欲望と、自分を満足させられさえすれば良いという開き直りとの狭間でうまれるものは、鈍く暗く美しい光を放つ。そこに美しさを見出すかは好みだろうが、私自身がそういうものの間でふらふらしているから、同じ気配を感じるものに吸い寄せられてしまうらしい。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 未設定
感想投稿日 : 2022年11月27日
読了日 : 2022年9月25日
本棚登録日 : 2022年9月25日

みんなの感想をみる

ツイートする