2年くらい前にネットで「舞城王太郎さん訳のトム・ジョーンズ短篇集が発売されるらしい」というのを目にして以来、楽しみに待っていたんだけど、なかなか発売される気配もなく、「出る出る詐欺」なんじゃないかと思っていた。そんな矢先の夏休み発売。ちょうど休暇中だったこともあって、ダッシュで買いに走った。もう、装丁からしてソー・クール!路線は少々違うのだが、『ルパンⅢ世』のサブタイトルが和文タイプで打たれる瞬間のようなカッコよさがある。
岸本佐知子さん訳の短編集『拳闘士の休息』中の『蚊』に代表されるような、「修羅場の現場で腕を振るってきた、素行にいささか問題ありの医師」を主役に据えた作品が多い。舞城さんのデビュー作『煙か土か食い物』から登場する、スーパーブレード・シローナツカワの帰還を見るような嬉しさがそこにある。っていうか、このあたりが明らかにモデル。キャラ設定だけではなく、ニヒルさと甘さで落としにかかる結末までもが、どれも舞城さんがやりそうなテイストなので、チャールズ・ユウ/円城塔訳『SF的な宇宙で安全に暮らすっていうこと』を読んでいたときのように、「訳者設定で実はペンネーム」的にも思えるほど、シンクロ感がすごい。献辞と謝辞はもちろんトム・ジョーンズが書いているんだけど、どこでどう勘違いしたのか、舞城さんが書いたものだと、3日間ほど思ったままだった。「舞城さんにはジェニファーさんというお嬢さんがいらっしゃるのか、しかもアメリカの出版関係者と太いパイプがあるのか(実際にあるのかもしれないけど)!」と、勝手に感動しておりましたよ。
すさんだ生活を送りつつも、心がマッチョな男性主人公ものが多い中、『ロケットファイア・レッド』が意外にも、毅然としたガール小説でかっこいい。『私を愛する男が欲しい』については、メイン登場人物が2人の3人称小説なのに、1人称小説が2パートで切り替わるような感じで、すごくないか、これ。っていうか、語り手は誰なの?とページをぱらぱらめくり返してしまう。偶然か作為なのか、ものすごい技巧を感じる。この2作が個人的に同率1位。
ほかに気に入っているのは、人はいいがあるスキルを決定的に欠いている上官と、その元部下のちょっといい話かと思いきや、からりと残酷な兵隊物語の『ポットシャック』。『ダイナマイトハンズ』はこのタイトルと、それを本文へ投入するタイミングが見事で、締めにはふさわしい1編。
私はもともと舞城作品のライトノベル的な要素のファンではなくて、舞城作品にあふれる(と思われる)、海外文学ダダ漏れ感が大好きなのだというのを再確認した短編集だった。読んでいるとそこで、わけもなくテンションが上がってしまう。そしてそのマシンガン文体を、舞城王太郎≒菊地成孔だと思っていたが、ちょっと読みが甘かった。トム・ジョーンズ≒舞城王太郎≒菊地成孔じゃん、これって。
柴田元幸さんの解説を読んで思ったことだが、村上春樹の築いた「スター翻訳家」性は別として、円城塔さんや舞城さん、松田青子さんら、自分の作品で余裕で勝負できる小説家さんが、ガチで翻訳を手がけられるケースが急に目立ってきたことで、文芸翻訳に求められる要素のハードルが5段くらい上がった気がする。漠然と文芸翻訳を志望していらっしゃるかたは、後頭部に上段の蹴りを入れられるような衝撃を覚悟して、でも必ずお読みになったほうがいいと思う。
私は同一作品を訳者で読み比べることにはそんなに意味がないと思っているんだけれど、『ピックポケット(Pickpocket)』だけは、柴田訳『スリ』とどれだけ趣きがかわるのか、アレンジ違いの音楽を聞くつもりでこれから読みたいと思う。
それにしても舞城さん、ピンチョンの訳をおやりになればいいのに。
- 感想投稿日 : 2014年9月6日
- 読了日 : 2014年9月6日
- 本棚登録日 : 2014年7月17日
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