アンのゆりかご―村岡花子の生涯 (新潮文庫)

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  • 新潮社 (2011年8月28日発売)
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感想 : 159
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「赤毛のアンシリーズ」や「リンバロストの乙女」の古臭い翻訳体は私の血肉となっていて、いまだに「しかつめらしい」とか「なくってよ」とか使いたくなるんだけど、ご本人の伝記まで読む気はなかった。けど読んでみてよかった。
寮で同室だったのが白蓮夫人とか、初恋の人がエリザベス・サンダーズ・ホームの創始者とか、自宅で始めた児童図書館の手伝いを頼んだ近所の大学生が渡辺茂男とか、知ってる名前が次から次へと出てくる。そういう星の下に生まれたというのか昔の知識人って一握りでみんな知り合いだったのかと思う。

村岡さんの人生の道筋に絡めて書かれる、明治後期から第二次大戦後までの日本への各種思想の伝播の経緯や、女性文学者たちと社会運動の関わり、戦争との関わりが日本の近代史として面白い。
日本史の教科書の最後にある、三学期に駆け足で習うあたりの歴史が、明治の終わりに給費生として東洋英和女学校の寮で十年を過ごし、カナダ人宣教師たちから衣食住から語学、神学に至る薫陶を受け、後に翻訳家、文学者として名をなす女性の生涯と結びついている。

川村湊の「異郷の昭和文学」あたりに詳しいが、日本の文学者たちは第二次大戦中に軍部からプロパガンダに協力させられている。この本はそのあたり文学者に同情的だが(私も思想弾圧に抵抗とかできないしする気ないから長いものに巻かれた方を非難する気はない)、彼らが感じたであろう葛藤を知らずに安易に平和を壊すようなことをしてはいけないなぁとも思う。
第二次大戦中に密かに翻訳を続け、家族の次に大事にしていたという「赤毛のアン」の原稿の話は目頭が熱くなる。戦後、焼けずに済んだ大森の家を訪れる編集者たちが「本棚を食い入るように眺めた。多くの作者や研究者が、戦災で命の次に大切な蔵書を失った。」という一節は何度読んでも泣ける。本当に戦争って嫌なものだ。

村岡さんが生涯を通して強く願った「姉も妹も父も母も一緒に集まって聲出して読んでも、困る所のないやうな家庭向きの読物」(文庫版145p.)を日本の若い人に、という気持ちはよく分かる。でもこれも行き過ぎるとナチスドイツみたいに「健全な家庭生活にそぐわない思想をテーマにした文学は発禁」てなことになっちゃうので、様々な思想が自由に語れることが一番大事だと思う。

……とまあ、村岡花子さん自身のことよりも時代の空気が感じられたことが面白かったのだけど、もう一つ本筋に関係なく「おお」と思ったのが『女子の名前には「子」がついているほうが、山の手風でモダンであった(文庫版88p.)』というところ。明治の終わりから大正、昭和の半ばまで半世紀くらいの間に「子」のついた名前の価値が下がっていったのね。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: ノンフィクション・エッセイ
感想投稿日 : 2012年9月25日
読了日 : 2012年9月24日
本棚登録日 : 2012年9月24日

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