W/F ダブル・ファンタジー

著者 :
  • 文藝春秋 (2009年1月8日発売)
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感想 : 371
5

のろのろ読んでいた上巻と違って、下巻はかなりのスピードで読んでいた。上巻の感想にも書いたけど、奈津の男性遍歴物語・・・なんていう安物ではない。もちろんセックスは大事な要素だけど、旦那依存症から自立した大人へ。女だから弱いなんてただの言い訳なんだな。おまけに自立するということは、「孤独」と真正面に向き合うことでもあると、思い知らされる。

大學での先輩で、偶然香港で再開した岩井良介。野獣的な志澤とは対照的に草食的な男性、だったのは過去だった。文筆家という意味では同業者だ。性的相性も抜群。だから性的つながりばかりが強調されているようだが、奈津の話を真剣に聞いてくれる人でもある。誰かに聞いてもらうだけというのも、時には心を強くする。奈津にほかの恋人が出現したとき、抵抗をみせたのは、やっぱり奈津を独占したかったからか。それとも広い意味での同業者として支えあって歩み続ける相手だと思っていたのだろうか。

最後に登場するのは、年下の俳優大林。将来、劇団でも立ち上げて、自分で脚本を書いて演出も、と野心を燃やす若者だ。奈津の脚本家としての力量を認めている。性的にも力強いのは、その野心の表れかもしれない。岩井と奈津を共有するなどとてもできない、選べと奈津に迫る。言われて狼狽したのは、奈津自身がすでに決定を下しているという事実に対してだった。この男、奈津を支配下に置いているようで、脚本家としては認めて尊敬している。だからしばらくは、奈津と上手くやっていけるように思う。

 この大林との絡みで、奈津が師匠と尊敬した舞台演出家、志澤一狼太のその後が出てくる。奈津を夫から自立させ、いい作品を書かせようと梯子をかけて引き上げたが、奈津が自分を越えて高く昇って行くのをみて、怖くなって梯子を外すように奈津を捨てた。戻れなくなった奈津は訳が分からず悲嘆にくれる。結局、この男も女を自分の影響下に置きたかったのか。夫より奈津を理解し評価もていたが、自分を凌駕していくのには耐えられないんだ。奈津のことを「中身は男」・・・って恐れを認めているようなものだ。

最後の一文が鋭い。花火大会の帰り、大林とはぐれた奈津。「どこまでも自由であるとは、こんなにもさびしいことだったのか」。
以前、絶対王政時のある王のことを、「かわいそうなくらい孤独な人だった」と評した文を読んだ。最終決定権を持つ国家首長は、取り巻きはたくさんいるが、決定までは深く悩み、決定したことには責任を持たなければならない。結局、自分で自由に生きるということは、自分に対しての首長だ。脚本家として力をつければつけるほど、認められれば認められるほど、孤独になるのかもしれない。自分に責任を持つというのは、孤独とも背中合わせで、それと上手に付き合っていかなければならないと教えられた小説だった。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 未設定
感想投稿日 : 2020年4月10日
読了日 : 2020年4月7日
本棚登録日 : 2020年4月10日

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