蜘蛛の糸・地獄変 (角川文庫 あ 2-7)

著者 :
  • KADOKAWA (1989年3月20日発売)
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芥川龍之介の短編集。
「袈裟と盛遠」「蜘蛛の糸」「地獄変」「奉教人の死」「枯野抄」「邪宗門」「毛利先生」「犬と笛」の8編。いずれも大正7年の作品。
全体としては冷やりと凄みのある、人の心の深淵を覗くような作品が多い。「犬と笛」だけは若干毛色が異なり、子供向けのおとぎ話風のお話である。これの代わりに例えば「藪の中」でもよかったような気もするが、それでは救いがなさすぎたか。ある意味、全体の締めくくりとしては緩和剤となってちょうどよかったかもしれない。

「袈裟と盛遠」は、よく知られる文覚上人出家の前日譚である。人妻である袈裟御前に盛遠(のちの文覚)が横恋慕する。ために夫の渡辺渡を殺すつもりが、誤って(袈裟の企みによって)袈裟を殺してしまい、その結果、発心する、というお話。元は「源平盛衰記」であり、史実ではないようだが、凛とした袈裟の物語として、さまざまに脚色されてきた。これを芥川はもう一ひねりして、単なる貞女・烈女ではない袈裟、恋に眼がくらんだだけではない盛遠を描いている。しかし、物語がこの顛末だと、果たして盛遠は出家したかな・・・?
「蜘蛛の糸」は、罪人・犍陀多が地獄から救われるかと思わせておいて、のお話。初出は「赤い鳥」創刊号であり子供向けだが、子供たちからは「犍陀多がかわいそう」という感想が寄せられるのは無理のないところか。
「地獄変」は別稿。
「奉教人の死」はキリシタンもの。長崎のキリスト教寺院に住む「ろおれんぞ」と称する少年。町の娘と密通して子をなしたと疑いを掛けられ、寺院から追放される。困窮に沈む「ろおれんぞ」だが、ある日、長崎の町を大火が襲い・・・。鮮烈な幕切れに息を呑む。
「枯野抄」は芭蕉臨終の場の物語。その時を待つ弟子たちの内面を描き出す。簡潔にして目配りが効き、シニカルな洞察に満ちる。
「邪宗門」は「地獄変」の後日譚の体。堀川の大殿様の息子の若殿様の物語。美しい中御門の姫とのあれこれから、幻術を使う(おそらくキリシタンの)摩利信乃(まりしの)法師の出現と来て、一大幻想ファンタジーとなりそうなところでぶつっと終わる。未完の作。
「毛利先生」は風采の上がらぬ老英語教師の物語。解説では「芋粥」の系譜と言っている。なるほどそうなのかもしれない。毛利先生はただの滑稽な「敗残者」なのか、それとも崇高な高みに至った「聖者」なのか。
「犬と笛」は別稿。

そこここに教養を感じさせるというか、難解な言葉が並ぶ(最低限の注釈はつくが、言葉に関してはあまり詳しい解説はない)。カドフェス2021版の帯についている「人として五常をわきまえねば、地獄におちるほかはない」(「地獄変」)もなかなかだが(五常は仁義礼智信)、「枯野抄」の芭蕉臨終を示す「溘然(こうぜん)として属絋(しょっこう)についた」もすごい。それでも読ませてしまうのがある意味、筆力というものか。

大正7年、芥川26歳。結婚もして、筆も乗りに乗っていた頃。だから特に暗い影があるわけではないのだが、全編通しての鋭利過ぎる才気に、この才能は持ち主を幸せにはしないだろうな、と何となく思う。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 日本文学
感想投稿日 : 2021年12月20日
読了日 : 2021年12月20日
本棚登録日 : 2021年12月20日

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