バクテリア・ハザード (集英社文庫)

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  • 集英社 (2020年8月20日発売)
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バクテリア=細菌には、ヨーグルトを作る乳酸菌や、パンやビール造りに欠かせない酵母菌、あるいは納豆を作る納豆菌など、人がその力を利用できる有益な菌が存在する。
本作の主題は、架空の「石油生成細菌」である。
細菌が石油を作る。油田を持たない国でも産油国になることができる。それは世界のエネルギー情勢を大きく変える。
というわけで、この菌と、発見・開発した科学者とが、OPECや米国石油メジャー企業に狙われる、というお話。

単なる有益菌なら「ハザード」というわけではないのだが、研究途上で、この菌が致死性も持つこともわかってくる。感染力はさほどではないが、ひとたび体内に入ると、身体の中で大増殖して、組織を石油に変えてしまう。もちろん、宿主は死ぬ。いや、こんなの蔓延するとどうなっちゃうわけ・・・?
開発した民間企業の研究者グループは、有益性を維持しながら致死性を抑えられないかと奮闘する。
エネルギー市場を牛耳りたいものは、細菌も科学者も抹殺してしまえ、と密かに指令を出す。
細菌に興味があるアメリカの研究者は、何とか手に入れて研究しようとする。
過去に起きた事故から、開発グループの科学者を恨む記者がいる。
そして国を背後から動かす大物政治家も動き出す。
そんな中で、殺し屋グループの1人が細菌に感染してしまう。
さまざまな人の思惑が絡み合い、ハリウッド映画ばりの追うもの・追われるもののアクションサスペンスが展開される。もちろん、ロマンスも付いてくる。

いやいや、もちろん、フィクションである。
石油生成細菌自体はまったく荒唐無稽というわけでもない。実際、石油成分を産生すると思われる細菌や植物プランクトンが見つかった例はある。但し、石油と同様の成分を産生するというだけであって、しかも産生量は多くはない。
細菌を「生物工場」的に使うような話には大抵、スケールアップの問題が絡む。商業規模・工業規模で産生しようとすると莫大なコストがかかる。早い話、細菌に石油を作らせた場合に、購入するよりも高い費用が掛かるなら、何の意味があるのか、ということである。
そう思った時点で、このお話には乗れなくなる。

同時に、どことなく漂ってくる「古さ」に気が付く。
作中で、封じ込めレベルをP4(PはPhysical containmentの意)と言っているが、現在ではBSL4(Biosafety level)と称することになっている(ついでにいうと、こんなレベルの封じ込め施設を民間の研究所がホイホイ作れるのか、というのもよくわからない。そして最初はただ有益菌ということしかわかっていないのに、P4で実験やるかな・・・?)。
研究者らが所属する研究所は「林野微生物研究所」となっていて、何となく林原生物化学研究所を連想させる。が、林原は2011年に会社更生法を申請したり、いろいろあったんだよね、確か・・・。
遺伝子解析に妙に手間取ってるのもちょっと解せない。配列決定くらいちゃっちゃとやれるのでは・・・?

よく読み返すと冒頭に1991年とか2001年とか年号が入っている。
で、最後まで読んだら、巻末に、元は2001年に宝島社から刊行したもの(当初の題は「ペトロバクテリアを追え!」(こっちの方がいいじゃん!))を改題・再編集したと書いてある。
・・・ああ、そうか、20年前なのか・・・。
初版刊行が2001年5月だから、911よりも前である。

ちょっと何とも言えない微妙な読後感なのだが。
有益だけど致死性がある細菌というアイディアはもしかしたらちょっとおもしろいかも。

しかし、このタイトルはどうもコロナ騒動に便乗している感が漂う。
「ウイルスの後は細菌か」という帯がついているバージョンもあるようだ。裏表紙の紹介には「予言の書」という文言もある。
大きな意味で、今後、細菌感染が流行することはありうるとは思うが、20年前のアイディアでいろいろいわれてもなぁ・・・というのが正直なところ。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: フィクション
感想投稿日 : 2021年9月17日
読了日 : 2021年9月17日
本棚登録日 : 2021年9月17日

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