日本人のための憲法原論

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  • 集英社インターナショナル (2006年3月24日発売)
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ようやく小室直樹を読んだ。感動。自分の読書の集大成のような到達点でもあり、今から新たに歩み始める探究の端緒を得たような思いだ。宮台真司が慕い、橋爪大三郎が敬服し、副島隆彦が影響を受けた稀代の天才。分かりやすく一般受けしそうな文体で尚シンプルな論理でバイアスを正し、博覧強記で補強する。知の巨人と言われる佐藤優でさえ及ばないと感じた程。幸せな読書だった。

日本の憲法は死んでいる。権力を縛るはずの役割が機能していない。これを論旨に展開、民主主義の成立、宗教、戦争、経済へと切り口は多岐に。

以下は全て本書から得た引用や閃きである。幅の広さと屈強な論理が分かると思う。

ー 1933年3月23日ドイツの議会で可決された法案、全権委任法により立法権をヒトラーに譲り渡した。これにより、ワイマール憲法が死んだと考えるのが憲法学者の意見。イギリスの憲法は慣習法であり、日本やアメリカの憲法は成文法である。

ー 1834年1人のドイツ人がアメリカに移住。彼の名はズーター。彼の農園で砂金を発見。あっという間にたくさんの人間が彼の所有地を不法に占拠し、次第に街が作られていく。その街の名は、サンフランシスコ。

ー 憲法は成文法ではなく慣習法である。生かすも殺すも、結局は国民次第。合衆国憲法のように最初は死んでいたものが、国民が定着させようと努力すれば、生き返る。逆にワイマール憲法のように議会が独裁者に全権を委任してしまえば、憲法は死んでしまう。

ー 銀行法は銀行に対する命令、民法が国民に対する命令。では、刑法は?刑法を破ることができるのは裁判官だけ。つまり刑法は裁判官を縛るためのもの。国民に対し人を殺すなとかものを盗むなとかは書かれていない。

ー 裁判官は司法権に属するけれども、検察官は行政権に属する。同じ司法試験を合格しなければならないわけだが、検察官は政府の一員であって、権力の走狗と言うことになる。

ー 日本には、こうしたデュープロセスのような法の精神が定着していない。その最たる例が刑事訴訟法475条をめぐる問題。475条では、死刑の執行は法務大臣の命令による。この命令は、判決確定の日から6ヶ月以内にこれをしなければならないとされている。法務大臣に対する命令だ。しかし、法務大臣は死刑執行の命令を出さないし、マスコミも刑事訴訟法を破ってしまえと言っている。

ー 近代西洋文明は持てる限りの知恵を振り絞って、近代国家、国家権力と言う怪物を取り押さえようとした。トマスホッブスの言うリヴァイアサンを。その知恵の1つが、罪刑法定主義であり、デュープロセスの原則だった。

ー 民主主義と憲法は本質的に無関係

ー 農奴と奴隷の違い。農奴は土地とセットになっている。奴隷の子供はバラ売りすることができるが、農奴の子供は領主といえども、勝手に売ることができない。

ー 国王といえども、家臣たちが領主として支配している土地には口が出せない。王が直接支配できるのは自分の直轄地だけ。

ー 中世社会が解体していくきっかけの1つは農奴の人口減少。決定的だったのは1348年前後から起きたペストの大流行。イングランドではペストによって人口の4分の1から3分の1が減ったと推定されている。農奴が減ったためには領主の立場は、相対的に弱くなり、地代はどんどん軽くなった。さらに都市の商工業者たちが生まれ、貨幣経済が発達し、地代が貨幣に変わっていく。この当時、略奪や暴行を行う事は、日常茶飯事であり、そうした乱暴者たちから逃れるために、領主は自分の兵隊を持っていた。商工業者たちは、年の治安を国王に求めた。ここは常備軍を鍛えた。これに対し、領主のならず者の集まりのような物体は、歯が立たない。ちなみに日本史では、信長以前は、武田信玄や上杉謙信の軍は農民であった。プロの兵隊を養成し、軍事訓練を行ったのが、信長の違い。国王の力は徐々に増していく。

ー 国王と商工業者たちVS領主(貴族)と聖職者と言う構図が出来上がり、この間における租税の問題を解決するために議会が誕生した。こうした動きの中で、常備軍と租税により、既得権益と慣習法を踏みにじる、国王の力を制限するために成立したのが1215年のマグナカルタ。

ー 議会や憲法が成立していくが、民主主義は生まれていない。ますます王の権力が絶大になっていき、貴族たちは弱体化していく。こうして成立したのが絶対王権。この絶対王権に対して理論的根拠を与えたのがフランスの思想家ジャン・ボダン。ボダンは主権と言う概念を提唱し、その中で立法権、課税権、徴兵権を国王が有するものとした。

ー 世界史を書いた天才ジャン・カルバン。ルター誕生の26年後にカルバンはフランスに生まれる。彼の予定説が、絶対王権をひっくり返し、民主主義をもたらすことになる。

ー 仏教の論理を一言で言うならば、それは因果律にある。因果とは原因と結果。つまり原因があるから結果があると言うこの因果関係の発見こそが、釈迦の悟りの全てだと言っても過言ではない。すべての苦しみには原因があると言うことを発見した。この因果関係の法則を、釈迦はだるまと名付けた。だるまはこの宇宙全体を支配する法則と言っても良い。つまり仏教では法が先にある。法前仏後。これに対して、キリスト教は、神前法後。予定説を裏付けるように、神が選ぶ預言者も選定基準が人間にはわからない。預言者の1人エレミアと言う少年だが、彼に対し、彼が体内に宿る前から預言者とすることを決めていたと言うことを神が告げている。

ー 人間は一見、自由意志を持っているように見える。けれども、そんなものはまやかし。人間と言うのは所詮神の奴隷である。このことを明確に述べているのが、パウロのローマ人への手紙。同じ粘土から花瓶を作ることもあれば便器を作ることもある。どうして自分が便器になったのかと陶器職人に聞くようなものだ。

ー 働かざるもの食うべからずという言葉はレーニンの発明ではなく、もともとキリスト教の修道院の戒律。キリスト教には労働こそが救済の手段であると言う思想がある。仏教では欲望を絶って何もしないことを意味するが、キリスト教では行動的禁欲と言って、働くことが禁欲であると考える。

ー 予定説の教えは、人間の内面に関わる問題を取り扱っているのだが、外面に現れている行動そのものも変わる。このことをウェーバーはエートスの変換と言っている。エートスとは、日本語では行動様式と言う訳になるが、外面だけではなく、内面的な思想、動機、信念と言うことも含む。無理矢理働かされるのではなく、仕事をしたくてたまらないと思うようになって、初めてエートスが変わったことになる

ー 予定説の後、大きな影響与えたのがジョンロックの社会契約説。18世紀最大の事件は、アメリカ合衆国の独立とフランス革命だが、ロックはその二つの出来事に思想的な影響与えた。現在のような社会制度が出来上がる前、人間は自由で平等であった。そうした自由で平等な人間のことを自然人とロックは呼ぶ。国家も社会もない世界のことを自然状態とした。

ー この考え方は、トマスホッブスの方が先である。ホッブスの考える自然状態とは、人間同士が食べ物を奪い合う、戦いの連続。だから社会契約が必要だが、契約だけでは足りず、パワーが必要。そのために国家権力が出てきて、効果がリバイアサンになる。国家の権力が弱くなれば、社会はバラバラになり、再び自然状態に戻り内乱が起きる。ホッブスはまた内覧とはビヒーモスであるとも言っている。文明崩壊のビヒーモスを止めることができるのはリヴァイアサンしかいないと考えていた。

ー ホッブスの考える社会契約説は、人間を暴力的な狼であるとする前提だが、ジョンロックは違う。ロックの社会契約説は、人間は知恵を持っているので、働くことにより収穫を増やし、食料を奪い合うところまでいかないと考えた。働くことが社会全体への貢献なのだとして、近代資本主義やロックによりようやく理論的根拠を得た。ロックはさらに私有財産の正当性をも基礎づけた。

ー ロックの社会契約説には、国家権力に対する民衆による抵抗権、革命権が想定されていた。しかし現代日本は、権力が革命を想定していない。政治家が公約を守らないことも許されている。

ー 旧約聖書とは神様との契約を破ったらどんなひどい目に合うかという、その実例が書いてある本。神様との契約を守りなさいと言う書物である。

ー モーゼに率いられた一行は、約束の地カナンで古代イスラエル王国を築く。ダビデ王とその子供ソロモン王の時代に黄金期を迎える。ソロモンには、妻が700人、妾が300人もいた。しかも海外から呼び寄せた異教徒だった。ソロモンは、知恵においては並ぶものなき天才で、彼の時代にイスラエルは偶然の繁栄をする。彼はイスラエルに神ヤハウェを祀る大神殿を作った。ここまでよかったのだが、ソロモンはハーレムにいた異教徒の女性たちに影響受け、別の神様を拝むようになった。契約は破棄。イスラエル王国はたちまち南北に分裂して衰え、周辺諸国がイスラエルに押し寄せてきて、南北の王国は相次いで滅亡。イスラエルの人たちはとうとうバビロニアに連行され奴隷になった。これがバビロン捕囚である。ついにイスラエルの人々は、約束の地カナンを失い、20世紀に至るまで自分の国を持つことができなかった。イスラエル人がユダヤ人になったのは、このバビロン捕囚からである。

ー 天使ガブリエルが使徒マホメットに与えたとされる神の言葉がコーラン。神がアラビア語でマホメットにコーランを与えた以上、それを別の言葉に訳す事は認められていない。したがって、イスラム教徒になるためにはアラビア語を学ぶ必要がある。イスラムでは、コーランのほかに聖書に収められているモーゼ5書、詩篇、福音書の3書も聖典に含める

ー フランスはナントの勅令によってプロテスタントの信徒がフランス国内で活躍することができるようになり、経済が活性化した。フランスのプロテスタントたちはユグノーと呼ばれるのだが、彼らが信じたキリスト教はカルバン派。しかしルイ14世はナントの勅令を廃止した。国王と同じ宗教を持つのが当然だと考え、カトリックを強制。ユグノーたちは国外に亡命。多くが逃げ出した先はプロイセン。これによりプロイセンがフランスと肩を並べる大国になる。

ー 恐怖政治を行ったロベスピエールは、まずルイ16世をギロチン台に送り独裁者になった。ロベスピエールは自分が行おうとしている政治を民主主義だと考えていた。身分制をフランスから完全に追放しようという思想である。今でいう共産主義に近いのだが、金持ちから財産を奪って貧乏人に配ると言うのが民主主義だと考えている人は多かった。民主主義はイメージが悪かった。

ー プラトンやアリストテレスも、デモクラシーは衆愚政治の別名に過ぎないと考えていた。プラトンは、民主政治とは貧乏人の政治であると決めつけた。プラトンが生まれる直前に始まったペロポネソス戦争が影響している。この戦争でアテネは、同じギリシャのスパルタと全面的に対決。スパルタは王や貴族が政治の実権を握り、市民たちに軍事訓練を行っていた。アテネは戦争中でも市民たちが会議で意思決定を行っていたので、軍人が率いるスパルタに先を起こされた。これにより民主制のアテネは王制のスパルタに劣っているではないかとプラトンは考えたのだ。また、ソクラテスが市民たちによって裁判にかけられ、死刑宣告を受けたこともプラトンに影響を与えている。

ー その衆愚政治やポピュリズムによって生まれたのがカエサル。カエサルはローマの共和国を殺し、独裁権力を握った。同様に、民主主義を求めたはずのフランス革命が独裁者を生み出した。そう、ナポレオンこそ第二のカエサル。

ー 皇帝になったナポレオンはフランス革命を全ヨーロッパに輸出しようと考えた。ナポレオン戦争と呼ばれる戦いを行って、周辺諸国の身分制を倒そうとした。しかしその後、エルバ島に流される。やがて現れたのがナポレオン3世。フランスの大衆の支持を集めたのは、彼がナポレオンの甥だったから。1848年パリで2月革命が起きて王政がが再び倒れ、第二共和制ができると、選挙において74%と言う圧倒的な支持を受けて大統領に選ばれる。軍人としての才能は、ない。歴史を繰り返す。しかし、2度目は茶番として。マルクスの発言。

ー ヒトラーやムッソリーニもナポレオン同様に民主主義が選び出した。独裁者の出現は、憲法では防げない。そこで考えられたのが大統領選のシステム。選挙期間を長く取ることによって、一時的な熱狂で担ぎ上げることを防ぎ、候補者の人間性を暴く。

ー 宗教戦争の反省をもとに、もっと戦争をリアリズムで考えようと言う思想が出てきた。クラウゼヴィッツの戦争論では、戦争は他の手段による政治の継続であると定義した。それまでの中世の戦争とは、正義の戦争であり、損得感情がない。これに対して近代の戦争は合理的精神に基づいて行われる1種の経済活動になった。

ー 日本国憲法第9条のお手本になったケロッグブリアン条約

ー イギリスやフランスの平和主義がドイツの再軍備を黙認した。ヒトラーは、ドイツ工業の心臓部であるラインラントに進駐しドイツ兵を1人も傷つけることなく奪回。その後マーチオブコンクエストが始まり、ザール進駐、オーストリア併合を成功させる。

ー 古典派経済学におけるセイの法則が成立しないことを看破したケインズは、有効需要の原理を解く。有効需要を大きくするためには、消費と投資を増やすこと。消費の拡大は簡単には望めないから投資を拡大しようとする。そのために金利を下げるのだが、不景気で将来がわからない中で設備投資をしようとは思わない。従い、利子を下げても効果は期待できない。限界がある。そこでケインズが考えたのが公共投資。民間企業の投資なら借金の利息を上回る利潤が入ってくるなら問題がない。しかしケインズは公共事業なら何でも良いと言ったのだ。穴を掘らせて埋めさせろ、それでも意味があると。

ー ケインズの理論のポイントは公共投資にある。1兆円の投資をすれば、そこで働く人に臨時収入として8000億円が入ると仮定する。今度はその8000億円から6400億円の消費、新規需要が生まれると仮定する。こうして無限逃避級数的な和を求めるならば、1兆円の投資で5兆円の効果を得られることになる。ケインズは、こうした波及効果、乗数理論を用いたのだ。

ー ヒトラーは、ケインズが有効需要の理論を発表する前から、公共投資こそが不況からの脱出策であることを見抜いていた。フリードマンは公共投資資金を調達すれば、それだけ市中に出回る通貨の量が減るから、民間投資が減ると言う理論でケインズに反論。ルーカスは情報化が進む中で、政府が経済政策を進めることが世間が先回りして知ってしまうので、意味がないと言う理論で反論。

ー ケインズは、低金利政策も利子率を下げすぎると意味がないと言う流動性の罠。有効需要拡大政策を長く続けると有効性が失われると言う点に注意している。つまり、公共投資に依存する体質が長期化すれば、それは社会主義国になると言うことである。

ー アノミーとは社会の病気。日本は天皇が人間宣言をした時から、アノミーにかかっていると言うのは三島由紀夫。デュルケムは、社会が急激に変動した時にアノミーが生じ、個人の行動に影響を与えると主張。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
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感想投稿日 : 2024年5月1日
読了日 : 2024年5月1日
本棚登録日 : 2024年4月29日

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