コイコワレ (中公文庫 い 124-2)

著者 :
  • 中央公論新社 (2022年12月21日発売)
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感想 : 40
4

始めの章のタイトルが読めなかった。
二点しんにょうに、つくりは「后(こう)」なので、読み方はコウなのかな?とは思いつつ。
邂逅(かいこう)という言葉がある。
思いがけず巡り会うという意味らしい。
では、この章のタイトルも「こう」と読み、「思いがけず巡り会う」海族の清子と山族のリツを表しているのかな。

まだ不馴れな方言に少しだけ読みづらさを感じながら第一話を読み終えて、
第二話のタイトル「恋う」で気が付く。
珍しく目次を読み飛ばしてしまっていて気付かなかったが、
「コイコワレ」は全ての章のタイトルが「コウ」なのだった。

私にとって「コイコワレ」は螺旋プロジェクトの最後、8作目の作品だ。
「戦時中の疎開先で出会う少女二人」という背景から想像していた設定よりも、
もっとずっと強烈に互いを嫌悪する展開だった。
ここまで敏感に互いを意識し、激しく嫌悪するのは、8作品中一番かもしれない。

始めは次の展開が読めてしまって、どうかな?と思っていたが、そこは『螺旋プロジェクト』。
物語が展開してゆくにつれ、大切な事が語られ、キーアイテムも登場し、他作品を思い起こされる部分もあり…結局は楽しく読めた。
あっという間に読み終えてしまった。

二人は小さな宮城の山村の、避けようもないくらいに狭い社会で出会ってしまった。
東京から疎開してきた清子。
でもその蒼い瞳のせいで、同級生たちからは米英人の血をひくものだといじめられてきた。
心の拠り所は、母が彫ってくれたお守りだけ。
一方、山村の寺に住むリツ。
でもその大きな耳のせいで、地元の国民学校の生徒達から山犬とからかわれ孤立していた。
優しくしてくれる寺の健次郎に幼い恋心を抱きながら、唯一頼れるのは山に住まう源助爺つぁまだけ。
源助の片方の目は蒼い。

読んでて息苦しくなってしまった。
世界が狭いのだ。
戦争という大きな対立が背景にありながらの、舞台は宮城県の山村。
戦時中の日本、お上は絶対的。年功序列。
学校教師も歩み寄ってくれるような存在ではなく、高圧的。
貧しい山村にも容赦なく届く赤紙。
疎開先の、狭い村社会の中の、ひとつの寺。
その寺に、清子もリツも共に生活することになる。
身近に身内もおらず、同級生からも孤立している2人が、お互いを嫌悪する。
始めは理由も分からず嫌悪し合う二人だが、物語が進むにつれ、殺意を伴う激しい憎悪を意識するようになる。

「小国民」って嫌な言葉だ。
清子やリツのような子供を表す言葉でもあるけれど、
例えば「お国のために戦う兵隊さん達に、私のような小国民が出来ることと言えば…」のように、まるで自分を卑下するような意味でも使われる。
小国民としての心構えを忘れず、お国のために尽くせる大人になるよう励む。
嫌な時代だ。

互いの憎悪がピークに達した時、とある事件が起きる。
この事件により清子とリツの対立は決定的となるが、
その後、清子の母親が疎開先にやって来て清子に話したこと、その話をリツも耳にしていたことで、
最悪だった関係性に変化が生じる。
清子とリツはそれぞれに慕う、母、源助からの言葉から考えを巡らせ、どうしょうもない自分の中の嫌悪の感情と向き合い、変わってゆこうとする。
己の内側からの気付きもあり、少しずつ行動に移す。
聡明な清子は考えを巡らせながら、
不器用なリツは行動を起こしながら、
自分達に出来ることを見つけ、変わってゆく。
それはとても健気な努力だった。
大人の我々でさえ、見習うべきところがありそうな。

共通ルールである「お守り」の登場は勿論だが、
ここでもラムネが登場する。
「ラムネのガラス瓶」は「天使も怪物も眠る夜」の重要アイテムだ。
リツが夢の中で、渦巻く濁流に巻かれながら過去未来を駆け巡るシーンがある。
この先の未来で登場する「壁」や、原始の人々を目にするのだ。
その夢の中で清子が呼ぶ「みやこさん」って、「シーソーモンスター」の「宮子」なんだろうか…。

巻末の解説を読むと、特別収録である「九月、急行はつかり車内にて」は、乾ルカさんの他作品ともリンクしているようなので、気になった方はチェックです。

『螺旋プロジェクト』読了。
やはり達成感と、壮大な螺旋の歴史に触れた充足感がすごい。
8作家さん其々が個性的で、渦巻いて繋がってゆく世界観が圧巻だった。
いつか年表の時系列に読み直したいが、今回のように行ったり来たりしながら読んだからこその、別の楽しみ方を味わえたように思う。
第二弾がとても楽しみ!


【蛇足】
「コイコワレ」の物語って、教員や親御さんも含めて、小中学校等での教材に向いてるかもと思えた。
子供にとってのリアル社会って学校がほぼ全てで、逃げる場所もなく、そこで除け者にされた場合、世界は恐ろしく孤独だ。
親に心配をかけたくなくて、口を閉じる子供も居るだろう。
でも「コイコワレ」の清子には、子供の変化を敏感に察する母親がいた。
リツには、打ち明けてみようと思える大人(源助)が居た。
清子もリツもそこから考えて、変わろうとする。
そしてその変化を少しずつでも受け入れてくれた級友が居た。
互いに歩み寄れば、世界は好転の気配を見せる。
大事なのはきっと、内側からの気付きと、様々な人間が居るとお互いが認め合うことだ。
そして周りの大人がいつでも「子供が相談したいと思える大人」でいること。
小さな世界の小さな変化が積み重なって、
大きな世界も少しずつ変わっていくんじゃないだろうか。

【追伸:全プレ届きました!】
応募された皆さんのところにも、そろそろ届いているのでは?
私事ながら今月の生まれでして、誕生日当日に届いたもんだから喜びもひとしお。
それに思っていたよりもずっとしっかりしたトートバッグが届いてびっくりです。
海と山の缶バッジも素敵で、クラフト・エヴィング商會のセンスが光っておりました♪
使うのが楽しみ!う~ん、でも勿体無い!どうしよう…と、ニヤニヤしながら悶絶しております。
ポストカードも素敵で、全巻読破したのだという喜びが再び押し寄せました。
出版社の皆様、作家の皆様、関わられた全てのスタッフの皆様、本当に有難う御座いました。
第二弾の螺旋プロジェクトも楽しみにしております。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 未設定
感想投稿日 : 2023年6月14日
読了日 : 2023年6月14日
本棚登録日 : 2023年6月14日

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