街の人生

著者 :
  • 勁草書房 (2014年5月30日発売)
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感想 : 49

インタビューをそのまま活字にした本って「ライフヒストリー」と言うんだっけ(ちょっと違うと思うが)。この本は5、6人のそれまでの人生の「一部」をインタビューして話してもらったものの記録。中南米出身の日系ゲイ、ニューハーフ、摂食障害を持った人、シングルマザーでセックスワークしてる人、野宿者、覚えている限りでは対象者はそんなところか。

最初の2人はセクマイ系の人だった。読んでると「ここ、もうちょっとツッコミが足らない」と思うところが何ヶ所もあった。けど、他の人のインタビューではそんなことは感じない。セクマイ系だけにそう感じてしまうのは、わたしがセクマイ系の定義にどうしても拘ってしまうためだ(たとえば「性自認」と「性的指向」は別物であるとか)。もちろんその定義から外れていたって全然構わないと自分でも思っている。「性転換した理由は」って聞かれて「男の身体であることは耐えられない」というのと「男性と同性同士だったら付き合える数が少ないから女になりたかった」というのは多分その人の中では両立してる。けど、わたしは、わたしが自分の目の前でそう言われたらきっと「それはあなたの中で本当に両立してるんですね」って改めて問いただしちゃうだろうなと。問いただして「そうだ」と言われたら改めて納得するんだろうなと。でもそのことに気が付いて、わたしは却って落ち込んでいる。「定義に拘ってないつもりが拘ってるじゃん」って。「定義に当てはめるつもりはないのに当てはめているのは自分じゃん」って。そこから脱却するためにはどうすればいいのだろう。


まぁそれはさておいて、この中で一番読み応えがあったのは、電話を通してインタビューしたという、シングルマザーでセックスワーカーをしている人の話だった。インタビューする人もされる人も1回も直接会ったことはない。インタビューから10年ほど経っているが、今、どこで何をしているかは分からない。インタビュー中にした話も、他の人には誰にも話したことがなく、きっと見ず知らずの人だったから話せたんだろうという。そういう状況が読んでいるわたしにとってインタビュワーと一緒に「覗き見」している感覚になったから話が印象深いのか。この人は生活保護を受けながら3人の子ども(すべて男)を育てており、生活保護や児童手当だけでは足りないからセックスワークをしているとのことだった。なにより、一度止めたのにまた復帰したのは一番上の子どもが大学進学するからという理由だそうだ。生活保護では当然のことながら子どもを大学になんてやれないし、18歳過ぎたら逆に児童手当が打ち切られるんだからね。別れた元旦那は事業に失敗したりギャンブル依存になってたりしてお金を渡すどころか逆にお金をせびりに来る。ので、住所、電話番号その他一切を変えたという。ただ、これほどの内容なのに、インタビューは全然暗くない。淡々と話しているような感じ。あれから10年ほど経っているが、この人は今、どういう暮らしをしてるんだろうと気になる。

摂食障害の人の話で一番印象に残ったのは「苦しみは回復の途中にはないと思っている」というところ。摂食障害を克服するためには苦しまなければならない、苦しみは、摂食障害を克服するためだということが世間では「肯定的にとらえられている」というが、この人はそうじゃないと思っているとのこと。でも確かにうつ病に対して「この苦しみは、うつ病を治すためのものだ。だから、今、苦しんでるのも無駄じゃない」とは言わないよね。うつ病にとって「苦しみ」は病気の症状であり、それは完全に「無駄」なものだ(寛解したあとで「あれは自分にとって無駄な経験ではなかった」と感じる人もいるだろうが、でも自分の人生を無駄に痛めつけているという点では苦しみなんかない方がいいとわたしは思う。苦しみはその人のその後の人生を完全に曲げる)。うつ病は「苦しんだら回復するよ」と言われないのに、なぜ摂食障害だとそれが成り立ってしまうのだろう?あとその人は「摂食障害が治った」と言う表現も違和感があるという。読んでてきっと「支援者」と「当事者」の間に感覚の齟齬があるんだろうなあと思った。これはね、摂食障害の分野だけに限らずね。ありがちな話なんだろうけど。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 未設定
感想投稿日 : 2015年6月1日
読了日 : 2015年5月30日
本棚登録日 : 2015年5月30日

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