危機の二十年――理想と現実 (岩波文庫)

  • 岩波書店 (2011年11月16日発売)
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本書は、第一次大戦後から第二次大戦前の20年間の戦間期を分析することで、国際関係の過去をたどり未来を見通すという試みである。
初版は1939年であるが、この翻訳は、1945年に若干の修正を経て出版された第二版のものである。
第一章〜第十四章という構成で、大枠の内容は、
・国際政治(Ⅰ〜Ⅵ)
・力と道義(Ⅶ〜Ⅸ)
・法と条約(Ⅹ〜ⅩⅢ)
上記に加えて、第十四章の結論という構成だ。

端的に言うと本書におけるカーの主張は、イギリスという大国の出身でありながら、
「大国と小国」「満足国と不満足国」「支配国と被支配国」という対比の中で、20世紀以降においては、譲り合いや自己犠牲という道義に基づいて国際政治が執り行われる必要がある、と言うことである。
何故ならば、19世紀までは経済や領土の純粋な拡大余地がその対立を吸収したが、もはや飽和状態の国際関係において、誰かの発展は誰かの犠牲を伴うことが明確になったためである。

カーの立場は、現代日本において語られる近代史観や国際政治、安全保障に関する常識とは異なるか、ほぼ真逆の視点である。
繰り返し対比される「現実主義(リアリスト)と理想主義(ユートピアン)」「不満足国と満足国」という対比のうち、日本では片方しか語られない事が多い。

現代の国際安全保障学においては、「現実主義」に対比されるのは「自由主義」である。
自由主義陣営においてこの対比は、「自由主義と独裁主義」と言う言い回しが定番だ。
しかしながら、独裁主義は学問的な定義ではなく、ただの悪口である。
この点で、自由主義以外は悪、という前提に基づいた世界観とは異なる視点を打ち出した本書は、現代においてその価値を発揮している。

個人的には、よく読む大陸ヨーロッパの歴史観や思想でなく、イギリスやアングロサクソン側の視点で読んでみたい、という動機で本書を手に取った。
しかしあとがきにある通り、カーがイギリス人でありながらロシア革命やマルクスに影響を受けた人物であるというのは、全く予想外のことであった。
ラインホールド・ニーバーやバクーニンなど、馴染みの名前が登場し、安心のクオリティではあるものの、当初の期待に反して新しい発見は少なかった。

しかし、イギリスにおいて思想的に孤独であったカーの、逆風に抗いつつ書いて伝えたいという熱量は十分感じられ、長年読まれ続ける名著であることは異論がない。
カーの他の著書も是非読んでみたい。

日本語訳に関しては、カー自身の引用の誤りをいくつも指摘するなど、単純な訳にとどまらず引用原典に積極的に触れており、そのクオリティに感嘆させられた。
訳者以外にも複数で検討された内容と言うことで、大著の質とカーの情熱に応えて余りある訳であると感じた。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 未設定
感想投稿日 : 2024年3月16日
読了日 : 2024年3月27日
本棚登録日 : 2024年3月16日

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