名人 (新潮文庫)

著者 :
  • 新潮社 (1962年9月7日発売)
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感想 : 45
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名人と同様、挑戦者の大竹七段もまた、難しい立場で、懊悩しながら碁を打っていたことが印象に残った。

碁界の最上位に位置する名人は、棋士として有終の美を飾らんと、病を押して打ち続ける。文字通り命を削って碁盤に臨む様には頭を垂れずにはいられない。その反面、自身の碁をとりまく周辺環境に関しては自らを中心に廻っていたと言っても過言ではない。対局日や場所等、全てが名人の意向をまず忖度される。些か身勝手と思われる要望も道理を除けて通っていたりと、碁を打つことそのものに対するストレスは殆ど無かっただろう。

一方、大竹七段にしてみれば、真剣勝負の最中にあっても相手の体調への気遣いや配慮の情を持たざるを得ず、やり辛くて仕方なかったであろう。かといって、次代を担う数多くの棋士達の代表としてその場に臨んでいるという義務と自負もあり、浦上記者が言う通り、おいそれと勝負を投げてしまうわけにもいかない。大病ではないものの、常に身体不調を抱えていた七段もまた、極限状況の中で戦っていたといえるのではないだろうか。

それでも、決着に向けて歩みを止めない、止められない両者の姿は、求道者が持つある種の神々しさすら感じさせる。碁に命数を捧げ、碁を取り巻く係累から脱けられなくとも、一意に前へ進まんとするそのストイックさには只々敬服するばかり。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 文学
感想投稿日 : 2017年4月24日
読了日 : 2017年4月24日
本棚登録日 : 2017年4月22日

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