戦争の悲しみ

  • めるくまーる (1997年6月1日発売)
3.92
  • (11)
  • (4)
  • (6)
  • (2)
  • (1)
本棚登録 : 72
感想 : 13
5

先ほど読み終わって、呆然と打ちひしがれています。
「反戦小説」などというチープなレッテルを拒むほどの圧倒的なリアリティと普遍性を兼ね備えています。
読みごたえ十分です。
題材はベトナム戦争です。
と言うと、私たちはつい米国の視点に立ってこの戦争を眺めがちです(それはそうですよね、参戦はしなかったとはいえ西側諸国の側にいたのですから)。
「ドイモイ文学の傑作」とも評される本書は、北ベトナムの視点に立って書かれています。
つまり「勝者の視点」です。
しかし、勝利に付随する歓喜は毛ほどもありません。
「戦争に勝者も敗者もない」というのは、ベトナム戦争の場合、アフォリズムでは決してないどころか、一種のアイロニーです。
米国が支援した南と北との軍事力、物量の差は圧倒的で、北はおびただしいほどの犠牲者を出します。
戦闘シーンは凄絶そのもので、眼を背けたくなるほどです(何と言っても、爆弾だけでも住民6人に1トンが使用された凄まじい戦争だったのです)。
迫真性に富むのは、著者が実際にベトナム戦争に従軍した経験を持つからでしょう。
著者バオ・ニンはベトナム人民軍陸軍に入隊し、サイゴン攻略にも参加しています。
その後、戦没者の遺骨収集に携わり、ハノイへ帰還するという経験をしました。
本書の主人公・キエンもまた、ベトナム戦争に従軍します。
11年間にも及ぶ戦争にどっぷりと浸かり、文字通り九死に一生を得てハノイに生還します。
キエンにはかつて一生の愛を誓った恋人・フォンがいました。
美しいフォンと交遊する場面が、これまたみずみずしくも美しい文章で描かれます。
しかし、彼女との恋は戦争によって、あまりにも無残な形で引き裂かれます。
私はほとんど胸を押し潰されるような気持ちで、この場面を読みました。
しかし、これが戦争の実相の一断面でもあるのだと得心もしたのです。
本書は戦後の現在と、戦前、戦中を激しく往還しながら物語が展開します。
本書でも作品内の作品について語る形で言及されていますが、時系列に沿って物語を展開することもできたでしょう。
ただ、時系列には記述されなかったことに、恐らく大きな意味があるのではないでしょうか。
この作品は、過去・現在・未来が激しく往還する形でしか記述され得なかった。
むごたらしい戦争を体験した者の心の動きというのは、まさにこういうものなのではないかと思うのです。
「美しいノスタルジア。そして戦争の悲しみ」と251ページに、さりげなく記されています。
時を行きつ戻りつしながら、私たち読者もまた、キエンと同じように戦争の悲しみに打ちひしがれるのです。
「ドイモイ文学」という枠組みにとどまらず、世界中で読み継がれるべき一冊と言えましょう。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 未設定
感想投稿日 : 2017年12月30日
読了日 : 2017年12月30日
本棚登録日 : 2017年12月30日

みんなの感想をみる

コメント 0件

ツイートする