クソったれ資本主義が倒れたあとの、もう一つの世界

  • 講談社 (2021年9月15日発売)
3.10
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感想 : 27

【感想】
経済学書でありながら、SF小説。SF小説でありながら、思考実験のための哲学書。そんな不思議なテイストの本が、本書「クソったれ資本主義が倒れたあとの、もう一つの世界」である。

本書のストーリーは、3人のユニークな登場人物によって進行していく。筋金入りのマルクス主義者で、傲慢な女神のように振る舞うアイリス。元リバタリアンで、リーマン・ブラザーズで働いていた2008年に、世界金融危機によって自分の世界までも崩壊してしまったイヴァ。そして、テクノロジーが世界を明るくすると信じて製品を開発していたものの、独善的な会社に裏切られた天才エンジニアのコスタ。

コスタが「HALPEVAM」というシステムを作り上げると、ワームホールを通じて平行世界の自分と交信できるようになってしまった。その平行世界は「資本主義が倒れた世界」である。コスタは一人のコスタ(ややこしいので作中ではコスティと呼称している)と資本主義消滅後の世界の概要をやりとりし、アイリスとイヴァに報告する。2人がそれを読み、資本主義レスのシステムがいかなる過程で成立し得たのか、またそのシステムに問題点はないのかなどを議論していく。

では実際、資本主義が無い世界はどうやって回っているのか?
例えば「銀行」のあり方。コスティの世界では、生まれた瞬間に全市民が中央銀行の口座を開設される。これを「パーキャブ口座」というのだが、パーキャブ口座には、給与が振り込まれる「積立」、生まれた瞬間に国から振り込まれる信託預金の「相続」、毎月定額が国から振り込まれる「配当」の3種類がある。世界中の誰しもがこの「パーキャブ口座」を保有しており、一般的な商業銀行の口座は無くなってしまったらしい。
例えばアメリカでは、FRBが全国民にパーキャプ口座を与えた。パーキャブの「配当」に振り込まれるお金は、パーキャプの別の口座に無料で振り込むか、税金の支払いにあてることができるため、みんな「配当」を使って決済を行っていった。そのうち、当局がパーキャブの「積立」に貯蓄を移し、1年間引き出されなければ、5%を税金から引くとアピールした。この簡単かつ高金利の申し出によって、商業銀行から金が流出し始めた。2020年になるころには、国が市民全員のパーキャブ口座を管理し、商業銀行のシステムを駆逐したという。
市民の口座を一元的に管理することができるため、中央銀行はインフレ対策を比較的容易に行うことができる。平均物価が閾値を超えると、中央銀行はパーキャプの貯蓄に対する金利を引き上げ、支出の削減を促す。反対に経済活動が低迷している時には、金利を引き下げるか、パーキャプの「配当」に振り込むベーシックインカムの額を引き上げる、という仕組みだ。

以上は銀行の例だが、他にも「会社」や「土地」といった様々な要素について、資本主義に頼らない運営方法が紹介されている。基本的には、私たちの世界よりも中央集権化(銀行、土地)と階層組織の排除(会社)が進んでいる。そして、これらの安全性を担保するものとして、テクノロジーによる情報の透明化が進んでいる、ということだ。

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本書は、かなりラディカルな経済学書である。資本主義に代わる制度として様々なものが挙げられているが、結構荒唐無稽な案が述べられていて、上手く行かなそうなものも多い。当然こちらの世界の住人目線での反論も起こっており、イヴァは「資本主義者のテクノストラクチャーは、なぜみずからの優れた功績を否定するの?彼らは中国を経済大国に変えた。おおぜいのインド人科学技術者たちの明晰な頭脳をうまく活用した。アフリカ諸国の食糧不足を解消し、銀行口座を持てない人たちが、スマートフォンを使って送金や受け取りができるようにした。明らかな失敗もあったにしろ、株の取引を禁止してそれらの功績を台なしにすることは、本当に正しいことなの?」と、資本主義を完全に撤廃することへのもっともな疑問を投げかけている(そしてこの部分、作中でもうまく反論できていない気がする)。あくまで思考実験として、「もし資本主義が無くなったらこうなるかもね」というサンプルとして眺めるならば、中々面白い一冊だと思う。個々の仕組みの正誤に囚われず、Ifの経済学を味わうような読み方がオススメである。
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【まとめ】
1 もう一つの世界との交信
舞台は2025年。コスタは「フリーダムマシン」を開発する。数百万人が同じバーチャル世界に棲息しながら、それぞれ違う体験ができるマシンだ。

コスタは個々人の「経験の量子」である「CREST」を発見する。CRESTをフリーダムマシンの後継であるHALPEVAMに供給すれば、ユーザーリアリティの多元宇宙を作り出せる。そして、CRESTを自分の頭に接続することで、ほんの数ミリ秒のうちに人の欲望全てが味わえるような至福の体験ができる。

コスタがHALPEVAMを起動させると、とある現象が起きた。CRESTにスクランブルをかけたエネルギーがどういうわけかワームホールを作り出し、別の世界の自分と通信することができるようになったのだ。

その世界は、コスタが住む世界と、2008年の金融危機の頃までは全く同じだったが、その後はガラリと違う方向に枝分かれした。資本主義経済が消滅した世界である。


2 資本主義が消滅した世界の社会のあり方
・階層組織が消滅した。会社はあるが、トップダウン式ではなく、やりたいプロジェクトに自らの責任で自主参入する。指示を出す上司はおらず、階層はフラット。給与はみな一律。
・株式市場がなくなったため、株を持てるのはその会社の成員だけ。1人1株のみ持てる。株は取引できないので、投資のためのものではなく、企業の意思決定に参加できる「参政権」のためのものに近い。
・生まれた瞬間に全市民が中央銀行の口座を開設される(パーキャブ口座)。口座には3種類あり、給与が振り込まれる「積立」、生まれた瞬間に国から振り込まれる信託預金の「相続」、毎月定額が国から振り込まれる「配当」がある。
・テクノ反逆者達が銀行、ビッグテック、各国政府に反逆し、情報の透明化と資本主義の打倒を企て、経済民主主義の確立を行った。


3 そうは言っても、うまくいってるのか?
・株式取引の禁止は、社会の発展を止める行為ではないか?資本主義は確かにビッグテックに有利に働き権力の集中化を招くが、それが株の売買を禁止し、金融市場の流動性をストップさせるほどの犠牲に見合うのか?
→未来の利益の流れを買う権利が、歯止めのきかないテクノストラクチャーを勢いづかせ、抑制なきものとする。そして資本主義が地球の資源を搾取しつづけ、地球環境に壊滅的な影響を及ぼす。

・1人1株で会社の意思決定権を誰にでも平等に与えるというルールは、個々人の貢献度合を無視するものではないか?企業は採用者を、必ず同等の権利を持つパートナーとして雇わなければならないのか?
→仕事が単独基準(完全に個人によって生み出され、個人の仕事として測定されるもの。略してDC)なものについては、権利を与える必要はない。逆に、清掃員やレジ打ちであっても、職場でつくり出される最終的な成果物が、その職場の文化や、参加者全員が生み出す相乗効果を反映している場合には、同等の権利を与えなければならない。

・中央銀行は市民全員にパーキャプ口座――「積立」「相続」「配当」を与えたが、それはどのような経緯で生まれたのか。そして、成長を促すと同時にインフレを抑えるために、中央銀行はどうやってマネーサプライを調整してきたのか。
→アメリカではまず、FRBが社会保障番号を持つ者にパーキャプ口座を与えた。現金としては引き出せなかったが、PINを使ってパーキャプの別の口座に無料で振り込むか、税金の支払いにあてることもできた。それゆえ、市民や企業と取引する者も、税金を支払う義務のある者も、事実上誰でも、FRBから「配当」に振り込まれる額を使った。
次に、当局がパーキャブの「積立」に貯蓄を移し、1年間引き出されなければ、5%を税金から引くとアピールした。この簡単かつ高金利な申し出によって、商業銀行から金が流出し始めた。2020年になるころには、国が市民全員のパーキャブ口座を管理し、商業銀行のシステムを駆逐した。
同時に、ビットコインと同じシステムをFRBの決済システムにも導入し、分散型のアーキテクチャシステムを作った。当局がこっそり貨幣を生み出すことは出来なくなった。
数年のうちに現金と株式市場はほぼ消滅した。そして、法貨として残ったのは、中央銀行のお墨付きを得て、パーキャプ口座を流通するデジタル通貨だけになった。
中央銀行は常に貨幣量を調整した。平均物価が閾値を超えると、中央銀行はパーキャプの貯蓄に対する金利を引き上げ、支出の削減を促した。反対に経済活動が低迷している時には、金利を引き下げるか、パーキャプの「配当」に振り込むベーシックインカムの額を引き上げた。

・資本主義のない中で貿易はどのように行うのか?
→世界共通のデジタル通貨「コスモス(Ks)」を使う。IMP(IMFの後進)は貿易赤字と黒字に応じて、「貿易不均衡税」を課す。差し引いたKsは開発途上地域に直接投資される。また、貧困国への過剰投資によって現地の経済が不安定になるのを避けるため、「過大資金流入税」も課している。

・土地の所有権が地元当局に移転されている。土地は公営住宅と社会的企業に配される「社会ゾーン」、住宅地とビジネス用の商業スペースからなる「商業ゾーン」に分けられている。


4 ユートピアでのトラブル
・資本主義は死んでも、家父長制は未だ健在
・2022年にとある金融業者が、パーキャブ口座の資金を引き出す権利と、中央銀行の将来の収益の一部を売買する権利を売り出し、バブルが発生。一時的に金融逼迫が起きた。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
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感想投稿日 : 2022年12月11日
読了日 : 2022年12月8日
本棚登録日 : 2022年12月8日

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