オードリー・タン デジタルとAIの未来を語る

制作 : プレジデント書籍編集チーム 
  • プレジデント社 (2020年11月29日発売)
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【本書のまとめ】
台湾人にはインクルージョンと寛容の精神があり、これが「政治への直接参加」と「政治を常にアップグレードしていく」という意思を育んできた。過去の政治運動のころから若者に醸成されていたこの意思は、「デジタル民主主義」の諸制度――人々がインターネットを通じて積極的に政治参加するための仕組み――を支えてきたものである。
デジタル民主主義に必要なのは、多数の人間と理解し合い、共通する価値観のもと共同で問題に取り組む精神だ。それは言葉を変えれば「プログラミング思考」であり、次世代の若者達にはプログラミング教育を通じて、この思考を身に着けることが大切だ。


【本書の概要】
①台湾は市民と政府の間に強い信頼関係がある
台湾が新型コロナウイルスの感染封じ込めに成功したのは、「どのようにすればみんなが協力できるか」という考えのもと、市民と政府が信頼し合っていたからである。
コロナ対応のため、民間人主導でマスク追跡システムが構築された。市民がマスク購入の際健康保険証を提示し、政府がそのデータを情報共有することで、各地域におけるマスクの在庫をマッピング化した。これにより、必要な人に効率的にマスクを届けることが可能になった。市民が政府を信頼し、政府が市民の信頼に答える関係性があったのだ。
この信頼関係の存在は、台湾がデジタル民主主義を進めるにあたっての必須条件であった。

②デジタル民主主義
デジタル民主主義とは、人々が積極的に政治参加するための仕組みをインターネットにより拡充した民主主義のことである。
台湾には昔から、「政治への直接参加」と「政治を常にアップグレードしていく」という精神がある。野百合学生運動からひまわり運動に至るまでの政治運動を通じて、それぞれの時代における若者は「不公平を感じれば立ち上がり、社会に参加することで変革を成し遂げてきた」という経験があった。これが台湾人の政治参画意識の高さにつながっている。
現代の間接民主主義は、「国民の意見が伝わりにくい」という弱点がある。この弱点を克服するために、デジタルの力を用いて、「政府と国民が双方向に議論でき、誰もが政治参加をしやすい環境にする」ことを目指したプラットフォーム「vTaiwan」「join」を構築したのがオードリー・タン氏だ。
一般市民の小さな意見を傾聴できるシステムがオンライン上に担保されているわけだが、こうしたシステムが成功を収めているのは、前述した台湾人の政治参画意識の高さも要因として挙げられるだろう。
タン氏はデジタル民主主義の可能性について以下のように述べている。
「たくさんの意見を一人の人の意見にまとめるのではなく、インターネット上で全ての意見をまとめる中から共通の価値観を見出していくのが重要である。デジタル民主主義に危険が潜むのを認める一方で、インターネットでは一つのテーマや問題について共に話し合うことで、民主主義を前進させていくことができる。ここにデジタル民主主義の可能性を見ている。」

③デジタル教育のあり方
デジタル民主主義を発展させる上でのキーワードの一つとして、「プログラミング教育」が挙げられる。日本でも2020年から必修授業になったカリキュラムのことだ。
タン氏は、プログラミング教育のあり方について、「子ども達にプログラミング言語を無理やり覚えさせるものではなく、プログラミング思考を身に着けさせるものであるべきだ」と語っている。
プログラミング思考とは、「一つの問題をいくつかの小さな問題に分解し、多くの人たちが共同で解決する」プロセスを学ぶことである。プログラミング教育の意義は、「まず自分が何の問題に興味があるのかを知り、その問題をプログラミングで解決することは可能か?」という素養を身に着けさせるためであって、ただ覚える目的でプログラミングを学ぶのは非効率なだけである。
プログラミング思考のベースとなる考え方は3つあり、「自発性」「相互理解」「共好」だ。
自発性とは自分自身で能動的にこの世界を理解し、何ができるかを考えること。
相互理解とは、問題解決に至るまでの過程で他人のアイデアに耳を傾け、かつ自分のアイデアをシェアすることを厭わないこと。
共好とは、お互いに交流し共通の価値を捜し出すこと。
これらの考え方を持つことで、物事を見る力や複雑な問題を分析するスキルが身についていく。

【感想】
タン氏は公共精神にあふれた人物である。
私は当初、デジタル担当政務委員という立場の彼女を、リベラルなインテリによくいる、野心を抱えたエネルギッシュな人物だと考えていた。しかし、彼女自身の思想はかなり温和的であり、人々との信頼関係からなる社会的ネットワークに多くの期待を寄せている。資本主義における競争社会を少し穿った目で捉え、「一人一人が互恵関係を結ぶ社会形態が望ましい」という風に考えているのに驚いてしまった。
本書の中で特に印象的だったのは、「民主主義には定型化された運用方法は存在せず、一つのテクノロジーにすぎないとみんな(台湾人)が考えるようになった」という彼女の言葉であった。民主主義がテクノロジーであるならば、その時代に応じてアップグレードされなければならず、したがって憲法にも「こうあるべきだ」という絶対的価値観は無い。実際、台湾の憲法は時代に合わせて何度か改正されている。
台湾人は古いものに対して尊敬の念を抱きながらも、「守るべき価値があるもの」と「変えるべきもの」を明確にし、時代に合わせて改善していくという意識を持っている。
これと同時に、「自分に直接関係することではなくても、能動的に参加していく」という意識も持っている。台湾には「鶏婆(ジーポー)」という言葉があり、これが台湾人を構成する重要な価値観になっている。意味は「母鳥のようにおせっかいでうるさい」ということであり、まさにインクルージョンと寛容の精神だ。
台湾が政治のデジタル化に成功したのは、単にIQ180の天才が存在したからではない。
自らが政治参画意識を持ちながら行動を起こせば未来を変えられるという思想が「国民全体のレベル」で共有されていたからである。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 未設定
感想投稿日 : 2020年12月8日
読了日 : 2020年12月8日
本棚登録日 : 2020年12月8日

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