「彼方の友」とは、雑誌「乙女の友」の愛読者たちである。
雑誌を手にする「友」に届けるため、編集者・執筆者である主人公は奮闘する。
この本を読んでいる間、私はずっと主人公・波津子の気持ちになっていた。
波津子が、自分は高等小学校しか出ていないことで自信が持てなかったり、「ありが主ひつ、大すき」というひらがなだらけで書いているのを有賀本人に見られて恥ずかしい思いをしたり。
自分が若い時の自信のなさや、恥ずかしい気持ちを思い出してしまい、波津子の気持ちが痛いほど分かった。
自信を持てないというのは、つらいことだよ。何につけても道標がほしくなるんだ。
だから、波津子が読者との会合のあとに反響をえたとき(おーいと呼びかけたら、あとから山彦ではない別の人の声でおーいと帰ってくる)、涙が出るほど嬉しかったなぁ。
私の気持ちは波津子になりきってしまっていたので、有賀主筆のことは一番の憧れの人として思い描きました。
まじめそうで紳士的な有賀主筆を「乙女目線」で見たとき、生々しい実際の男性ではなく、どこまでも理想的な、宝塚の男役トップスターさんを想像してしまいました。
波津子に対しては、有賀は最後まで美しいままだったと思うのです。
ラストは号泣でした。
とくに、史絵里の最期と、有賀からの2文だけの恋文。
一緒にあんみつ食べたかった〜!と言ってた可愛い乙女だった史絵里も、戦争で筆舌に尽くしがたい、つらい悲しみ、痛みをを味わったんだろうと、想像がついた。その落差に、胸を締め付けられ、悲しかった。
波津子の人生で一番輝いていたときの思い出、あれほど一緒にはつらつと過ごした仲間たちと離れ離れになってしまった戦争とは…言葉がなかった。
この本は、当時直木賞候補作になったそう。
本を全て読み終えたあと、審査員たちの評も読んでみました。
多くの審査員は、主人公の父のこと、有賀のその後、遠縁と名乗る辰彦のことなど、回収されていない伏線があることについて、良くない評価をしていたようでした。
しかし、言論統制され、国によって思想が縛られていた時代。何もかも明らかになることはなかったのではないだろうか・・・この当時は、むしろ明らかにならない有耶無耶なことが自然だったのかも、なんて思うのです。
間接的な嫌がらせによる警告、監視、行方不明になる人…。当時、珍しくないこととして処理されていたのでは。
神のような俯瞰した視点が登場する物語であれば、それらが明らかにならないことにもやもやするが、この本にそういう視点はない。登場人物たちですらすべてを知ることはできないのに、私達読者がそれを知れない(お察しすることはできても)のは、自然なのかな、と。
私は文学についてなにか勉強をしたわけでもなく、無学の、一人の読者なので、作品の文学的価値については正直言ってわからない。
ただ、波津子の気持ちに共感できるか=乙女心をもって読めるかどうか、でこの作品の評価が分かれるのかな?と思った。
そういう意味で、私の中にこれほどまでの乙女心とトキメキが残っていたなんて…と、思ったのでありました。
- 感想投稿日 : 2022年10月17日
- 読了日 : 2022年10月16日
- 本棚登録日 : 2022年10月2日
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