東日本大震災をはさんで、「週刊文春」に連載された
『かわいそうだね?』…と、『文学界』に発表された小品、
『亜美ちゃんは美人』の2編。どちらも軽く読める作品…
でも…さすが綿矢りさタンだなァ~ ツボを押さえてる!
ま、どちらも痴話ごと…なんだけど、そんなこと云ったら、
小説なんて、どれもありふれたつまんないものに
なっちゃうだろう…要は、そうした話に、何が盛り込んで
あるかが肝心…まずは…地震のエピソードからはじまる…
幼い頃に阪神淡路大震災を経験したときのことを、
東京にいて思い出してる…そして、こんなふうに語る。
―困っている人はいても、かわいそうな人なんて
一人もいない。
このフレーズは重い。小説の話をはなれ、あれこれと
思いを馳せさせられた…著者のことを、ボクは、
田辺聖子さんにつながるたいへんな才能だと思ってる。
今これを読み、次の一節は、心に刻んでおきたいと思った。
―私たち日本人が重んじる“和”は、実は深い親切心の
もとで成り立っているのではない。人でなしとは思われない
程度の親切と、身内以外の人に迷惑をかけるくらいなら
切腹できるくらいの遠慮をもってして、かろうじて機能している
繊細な絆だ。言わずに察する文化で支えあっている私たちは、
そのルールを無視する人間に接すると、著しく憤慨して
疎外する。憤慨は動揺の裏返し、疎外は怯えの裏返しだ。
このあと物語は…主人公がアメリカ人とディスカッションし、
行動する女へと変容する。まさに、徹底した議論、行動は、
カタルシスにつながる…とでも云っているようだ。どちらも、
おめでたくはないけれど、ストンと腑に落ちる話だった。
- 感想投稿日 : 2014年1月18日
- 読了日 : 2014年1月18日
- 本棚登録日 : 2014年1月18日
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