政と源 (集英社オレンジ文庫)

著者 :
  • 集英社 (2017年6月22日発売)
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感想 : 141
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三浦しをん(2013年8月単行本、2017年6月文庫本)。
初めてのマニアックなテーマではない三浦しをんの小説、東京の下町に暮らす幼馴染の老人二人の人情温まる物語。

一人は有田国政73歳、大学を卒業後銀行に入行、見合い結婚をして娘が二人、孫が一人居るが、数年前に妻の清子は家を出て長女夫婦の家に同居している。家庭を顧みず、妻の助けを求める声に応えず、と言うか全く無神経で深読みが出来ない、寄り添うことが苦手な性格によるところが大きい結果なのだろう。現在寂しい年金一人暮らしをしている。
もう一人は堀源二郎73歳、幼い頃に兄が病死、父親は戦死、母親と弟と妹は空襲で死亡。小学校もろくに卒業出来ずに「つまみ簪職人」に弟子入りして、師匠の元で修業を積む。20代で小学校の教師の花枝と恋愛結婚して幸せな生活を送っていたが、花枝は40代の時に病死する。子供には恵まれずに一人で今も「つまみ簪職人」を続ける。しかし2年前に初めて弟子の吉岡徹平を迎えて、この20歳の弟子が元ヤンキーではあるが、結構手先が器用でデザインセンスもいいのだ。しかも源二郎を師匠としてリスペクトし、慕い、身の回りの世話までしている。国政はこの源二郎の境遇にやや嫉妬している。

二人は歩いて5分の所に住んでいる、73年来の幼馴染。性格も生き様も全く違うが子供の頃に同じように戦争を経験しても、家族と疎開していた国政と違って東京大空襲の中、一人生き残った源二郎にとって国政は唯一の家族同様の親友なのだ。孤独な国政にとってもただ一人の親友だ。
物語はこの二人がお互いに気を掛けながら、二人に関わってくる人間との困難な問題に上手く対処して、生い先短い残りの人生を逞しく生きていく、心が洗われる、胸にグッとくる、そして勇気づけられる物語だ。

若い頃、源二郎の花枝との結婚は略奪婚に近い。恋する二人の結婚を花枝の父親は認めず略奪婚に近い結婚なのだが、それに協力したのが国政で、この時の国政の親友思いの予想外の行動力には驚いてしまう。
また最近、妻に家を出られて一人暮らしの国政が台風の日、ギックリ腰の痛さで自宅の2階で身動き出来ずにいると、早朝に源二郎が虫の知らせだと言って国政の家の鍵のかかった玄関のガラス引き戸を割って入って来て助けたりして、何かこの二人には他人にはわからない強い結びつきがあるようだ。
そしてこれも最近、吉岡徹平が昔の悪い仲間のチンピラに絡まられていると知ると、源二郎と国政は無謀にも角材持参の力ずくとハッタリで徹平を助け、チンピラ達を追い払ったりして年甲斐もなく無謀なところも共有している。

物語の核となっているのは、国政が失った家族の信頼を取り戻せるかどうかと言う問題だ。
国政の妻の清子からの失望、怒り、軽蔑、諦めそして無視される国政の姿に自業自得だと清子に共感しながらも、身につまされる思いで同情している自分がいて、何とか修復出来ることを期待しながら読んでいたのだが、娘からも同様の扱いを受ける状況に至ってはこれはもう無理かなと悲観していた。
それが吉岡徹平の結婚式の仲人を引き受けたことから、国政の清子への説得のための誠意あるハガキ攻勢が始まり、結果的に清子の心のわだかまりを少しだが解きほぐすことに成功し、晴れて二人で仲人として結婚式に出席するのだ。毎日書いたハガキの内容は感動的で国政も変わったのかなと思い、自分はどうだろうかと考え込んでしまった。

結婚式の後、国政と源二郎が交わす言葉に切なくて胸がつまる。
国政「来年の桜を見られるのか、俺たちは」
源二郎「さあなあ」「俺たちが見られなかったとしても、来年も再来年も桜は咲くさ。それでいいじゃねえか」

人それぞれの永遠があり、それぞれの永遠は住んでる街の景色を変えていくが、そこに生きる人の営みは変わらない。国政と源二郎もそれぞれの永遠を生きたが、今二人は変わらず隣にいる。二人はきっと現在の自分の状況、自分達の生きた永遠を受け入れたのだろう。後悔とか満足とか不安とか恐怖とか希望とかの雑念を全て超越したかのように。




読書状況:読み終わった 公開設定:公開
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感想投稿日 : 2022年10月17日
読了日 : 2022年10月12日
本棚登録日 : 2022年10月9日

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