柿の種 (岩波文庫 緑 37-7)

著者 :
  • 岩波書店 (1996年4月16日発売)
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感想 : 107
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古本で購入。

「天災は忘れた頃にやってくる」
と言った(と言われている)物理学者、寺田寅彦の短いエッセイを集めた本。
「なるべく心の忙しくない、ゆっくりした余裕のある時に、一節ずつ間をおいて読んでもらいたい」
という著者の願いを無下にした一読者ではあるけれども、夜ごと数編を読んで眠りにつけば、きっとゆったりした心持ちになれるだろう。

寺田寅彦の「気付き」の鋭さおもしろさに唸らされる。
いっこうに花の咲かないコスモスに、ある日アリが数匹いた。よく見ると蕾らしいのが少し見える。コスモスの高さはアリの身長の数百倍、人間にとっての数千尺にあたる。そんな高さにある小さな蕾を、アリはどうして嗅ぎつけるのだろう―
言われてみれば何てことのないような、だけど誰も気にもとめないようなことに、「あぁ、確かに」と思わされてしまう。

また、俳人でもある彼の目を通して見る東京の日常は、詩情豊かで味がある。
永代橋のたもとに電車の監督と思しき四十恰好の男がいて、右手に持った板片を振って電車に合図している。左手は1匹のカニを大事そうにつまんでいる。そうして何となくにこやかな顔をしている。この男には6つ7つの男の子がいそうな気がした。その家はそう遠くない所にありそうな気がした―
読んでいて知らず微笑んでしまうようでいて、どこかせつない感じのエピソードがいくつもある。

日々の生活に、そうした光景はきっといくつも通り過ぎていくのかもしれない。
僕の生には詩が足りない。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
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感想投稿日 : 2013年9月20日
読了日 : 2013年9月20日
本棚登録日 : 2013年9月20日

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