正力松太郎と影武者たちの一世紀 巨怪伝 上 (文春文庫 さ 11-3)

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  • 文藝春秋 (2000年5月10日発売)
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5

古本で購入。上下巻。

昭和34年6月25日、後楽園球場、巨人・阪神戦。
2-2で迎えた9回裏、村山が投じたストレートを長嶋のバットが捉え、打球はまばゆいカクテル光線を浴びながら4万人の観客が埋め尽くすスタンドへ―
その様をロイヤルボックスから見つめる昭和天皇、そしてその後方に座る容貌魁偉の老人。
この老人こそが、昭和の“輝かしい1ページ”たる「天覧試合」を演出した正力松太郎その人である。

ルポルタージュのプロローグとしてはあまりにドラマチック。
しかし、幼き頃の著者がブラウン管を通して見たこの「ドラマ」が、本書の原点ともなっている。

読売新聞を発行部数世界一の新聞へと躍進させた人物にして、「プロ野球の父」「テレビの父」「原子力の父」の名をほしいままにする正力松太郎。
この怪物・魔王の底知れない怪しい魅力と、彼の持つ重力が形成した複雑怪奇な(著者曰く「惑星状の」)人脈を掘り下げ、歴史に埋もれ消えてしまった正力のブレーン(影武者)たちを追っていこうというのが本書。

ひとりの男の人物史によって昭和史を描くことができてしまうという点で、正力はまさに異形だ。
しかも昭和を支え、つくり出した「大衆」という存在と常に関係を持っているから、尚更なのである。

正力の生涯を追う評伝ではあるが、同時進行の出来事が章分けして書かれているため、時系列の整理には少し苦労する。
ただそこには膨大な情報・エッセンスが詰め込まれている。読み手の興味のありどころによっていくらでも枝葉を伸ばせそうだ。

個人的には正力が戦後、新宿の戸山に世界一の大自然動物園を造るという構想を持っていたというのが気になる。
ここは東京都が上野動物園に次ぐ第2動物園を造るためにGHQと交渉を重ねていた場所でもあり、双方の動きがどんなふうに絡んでいたのか知りたい。
惜しむらくは、この件に関する参考文献が巻末のリストからわからないところ。

今この時節、本書が価値を持つのはやはり原子力導入に関する部分だろうか。
「創造主になりたい」「空前絶後のことをなしとげたい」「次期首相になるための布石と相応しい事業」という正力の野望により火がつけられ、その彼が支配する読売新聞によって一大キャンペーンが張られた巻き起こされた原子力ブーム。
「放射能は体にいい」「野菜がよく育つ」などの俗説がまかり通り、ウラン採掘で一山当てようとする山師も続出した。
今騒がれる「脱原発」も、このとき“操作”された大衆の反省をスタートラインの1つにしなければ、結局は「脱原子力ブーム」に堕するのではないかと思う。

正力の死後、葬儀は日本武道館で営まれた。
巨大な遺影、巨大な祭壇。押し寄せる参列者とそれを見て「ああ、大入りだ、大入りだ」と喜ぶ警視庁時代以来の秘書。正力と訣別し、来賓としてさえ扱われないかつての影武者。
怪物と言われる男の最期を飾る舞台としてふさわしい壮大な装置である一方、どこかカリカチュア的な滑稽さが漂う。
全編を通じて特に(何故か)印象に残る1シーンだ。

CIAのスパイとしてコードネーム「ポダム」と呼ばれたともいう正力だが、史料の制約からかそのあたりの記述はない。
しかし山のような文献と脚で稼いだ取材成果によって、一筋縄ではいかない超骨太のルポルタージュになっている。
昭和史の側面を知る1冊として、我ら「大衆」の生み出される時代を知る1冊として、オススメ。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 未設定
感想投稿日 : 2013年9月20日
読了日 : 2013年9月20日
本棚登録日 : 2013年9月20日

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