ふたりの証拠

  • 早川書房 (2014年7月15日発売)
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感想 : 16
5

引き続き、アゴタ・クリストフの続編『ふたりの証拠』を聞く。前作と地続きというか、前作の最後に描かれた別れの直後から物語が始まる。小さな町に残った双子の片割れがリュカという名前だったことがはじめて明かされる。前作はぼくらの秘密の作文のテイで書かれていたため、ぼくらはつねに一人称だったが、本作ではリュカも「彼」であり、より客観性の高い記述となっている。とはいえ、前作のぼくらも感情表現は排除して事実だけを記述する突き放した姿勢で貫かれていたので、違和感はほとんどない。

オーディブルはアゴタ・クリストフ『ふたりの証拠』の続き。相手の状況を一顧だにせず自分の都合だけを一方的に押しつけるリュカの無敵の人ぶりが恐ろしい。閉店後だろうが深夜だろうがまったく構わず相手が出るまで呼び鈴を鳴らし続けるのもそうだし、クララがどれだけ拒んでも気にするそぶりさえ見せずに平然とストーカー行為を続け、相手が根負けするまで押し通すその我の強さというか、相手に対する共感力の圧倒的な欠如が、感情表現を排した即物的な記述とあいまって、リュカの渇ききった心の砂漠の果てしなさを強烈に印象づける。

だが、どこかでネジがイカれてしまったのはリュカだけではない。実の父親との近親相姦によって生まれた我が子を手にかけ損なってリュカのもとに身を寄せることになったヤスミーム。妊娠してることを隠そうとおなかをコルセットで締めつけたせいで肩と脚に障害を負ったその子マティアス。国家反逆罪で最愛の夫を絞首刑にされ、
一夜のうちに白くなった髪の毛を抱えつつ、金曜の夜にだけ訪れる妻子ある精神科医との不倫関係を終わらせられずにいるクララ。党書記の要職にありながら禁じられた同性愛への渇望を抑えきれないペーテル。彼らが狂ってるように見えるとしたら、それはきっと、自分の目が曇っているからだ。人は誰でも、他人には言えない秘密をひとつやふたつは隠し持っている。

別れ別れになった双子の片割れの名がクラウスだと明かされる。

オーディブルはアゴタ・クリストフ『ふたりの証拠』の続き。老衰で小さな町を去る司祭に「ぼくに感謝なんかしないでください。ぼくの内には、どんな愛も、どんな思いやりもありはしないんです」というリュカは、母親のようなクララのもとに毎晩通って肉欲に耽るが、その心は渇ききっている。

そんなリュカに愛想を尽かしたのか、マティアスを残して突然姿をくらましたヤスミーヌ。「大きな町に行った」とリュカはいうのだけど、あまりに平然としたリュカの様子に、「これって死亡フラグじゃね?」という疑いが頭をもたげてきてゾクゾクする。

ペテール「きみに兄弟がいるとは知らなかった。兄弟がいるなんて、これまで一度も私に話してくれたことはなかったね。そんなこと、私はほかの誰からも、きみをきみの子供の頃から知ってるヴィクトールからさえ聞いたことがないよ」

ここでもう一つの、もっと根本的な疑問がいよいよ確信に近づく。クラウスなんて最初からいなかった?「ふたりの証拠」って題名も意味深だし……。

クララ「ヤスミーヌが出ていったもは、あなたに愛されなかったからね」
リュカ「ぼくは、彼女が困っていたときに援助したんだ。何も約束はしなかったよ」
クララ「私にも、あなたは何も約束しなかったわね」

そして本屋のヴィクトールも本屋兼住宅をリュカに売って小さな町を去る。一度疑い出すと、あれもこれも死亡フラグにしか見え無くなってしまうんだけど……。

オーディブルはアゴタ・クリストフ『ふたりの証拠』が今日でおしまい。ヤスミーヌの死亡フラグは無事(?)回収されたが、マティアスのそれは全然聞いてなかったよ!あとヴィクトールは殺されずに故郷の帰ったんだとホッとしたのも束の間、物語はあらぬ方向に歪んで、別の意味で死に至ったのも驚いた。

LUCASとCLAUSがアナグラムなのは読めばわかるが、ただの二重人格なのだろうか。さんざん著者の巧みな「嘘」に付き合わされた身としては、そんな単純な回答をにわかに信じられないのも無理はない。

本書の終わりに「K市当局が、D大使館向けに作成した調書」とその「付記」が添付され、客観的事実が「それだけしかない」と知らされたときの、驚きといったら!それまで踏みしめてた大地が音を立てて崩れていくような感じがした。マジすげえな、アゴタ・クリストフ!

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: フィクション
感想投稿日 : 2022年4月24日
読了日 : 2022年4月29日
本棚登録日 : 2022年4月24日

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