忘れられた日本人 (岩波文庫 青 164-1)

著者 :
  • 岩波書店 (1984年5月16日発売)
3.99
  • (272)
  • (251)
  • (217)
  • (21)
  • (7)
本棚登録 : 3891
感想 : 286
5

いまでは通信技術などが発達し、電話ひとつあれば離島を含む日本の隅々まで容易につながることができる。地方の誰かに話を聞きたければ、自分のいる場所から電話の一本入れたらすむ。だが本書の時代は電話などない。筆者はそのような環境のなかでこの物語を自らの足でかき集めたのだ。当時は道路網も十分ではなかっただろう。彼の行くような地方では尚更だ。まずその点に感銘をうける。
 本作のいえば「土佐源氏」である。面白さはいうまでもない。筆者が取り上げなければこの物語は世界のどこかの砂粒のように一生誰かの心に留まることのなかっただろうと思う。しかしながら、土佐源氏の物語には少し引っかかる点がいくつかある。内容そのものを批判する訳では全くないが、まずここまでのことをこれほど詳細に覚えておくことがはたして可能なのかという点。録音技術は当然ないし、筆者がメモの達人だったとしても土佐源氏の話を一言一句記録できるものだろうかということは疑問に思う。また雰囲気がとても小説のようで、創作のように見えないこともなかった。このような点で本作が現実にあったのかという点を疑問に思う瞬間があった。
 といっても、本書に対して言えることは完全に一読の価値がある本だということしかない。この本の価値に比べれば、土佐源氏の物語が本当か本当でないかは全く問題ではない。本書に登場する人々とその暮らしぶりは、いまとなっては失われた日本の景色を私たちに教えてくれる。このタイトルの通り私たちは彼らを「忘れていたこと」を教えられるのだ。
これからもたまに読み返して自分が生まれる前の日本に想いを馳せたいと思った。
 

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 未設定
感想投稿日 : 2022年11月3日
読了日 : 2022年9月1日
本棚登録日 : 2022年9月1日

みんなの感想をみる

コメント 0件

ツイートする