シンプルかつ淡々としているようで、その実、色々な要素が詰められ、接ぎ合わされたた、とても雑多なお話。
源平合戦の時代から数百年が経過し、鎌倉幕府も滅んだ、室町の時代。
能楽の道の頂点を窮めることを望むあまり、魔性のものと取引した父親のせいでかかった呪いのために、この世のものとは思えない醜い姿で生まれた「犬王(いぬおう)」。
その醜悪な容貌ゆえ、体中を覆い隠され、家族の誰にも無視されながら、それでも幼い彼は、本能で美に焦がれ、兄たちの見様見真似で、美しい芸を身につけていきます。
それは、彼の体にかかった呪いにも変化をもたらしていく。
盲目であるが故に、犬王の醜い姿が見えない旧来の友人で琵琶法師の「友魚(ともな)」が、世間で人気の「平家物語」に絡めつつ、犬王の呪われた生まれから芸の求道に至った数奇な人生を街角街角で語るものだから、彼の名声と話題性は、とみに高まっていく。
長じた犬王は、平家物語の新しい演目を次々と生み出し、人気の大夫(舞手)・興行師となります。
しかし、「窮極の美」を獲た二人には、あっけない終わりが待っていて…。
室町の時代を生きた犬王と友魚の物語は、二人の人生を主軸としながらも、ありとあらゆる要素が盛り込まれて、断片的かつ雑然としたまま展開し、終わっていきます。
窮極の美を求める狂おしい欲望、美と醜の対比と表裏的な関係性、犬王・友魚それぞれの対極的な父子関係、語りの概念、物語における通説と異説の関係性、隆盛と衰退、知名度向上のためには話題性とそれを取り上げる宣伝担当が必要であること…。
平家の隆盛と衰退という主軸がありながらも、源氏やら、公卿やら、誰かの女やら、唐天竺の逸話やら…ありとあらゆるエピソードが差し込まれて肥大化しながらようやく一つの話としてまとめられた平家物語を模しながらも、新たな局面に挑むかのように、エピソード以上に、実に多くの「観念的な要素」が、短い物語の中にぎゅうぎゅうと詰め込まれています。
それらの要素が大きな流れとしての集約はされず、独立したままで終わるのも、平家物語によく似ています。
ただ、惜しむらくは、これほど平家物語の構造に忠実に、なおかつ作者の古川さん独自の色も加えているのに、平家物語の哀切に満ちた美しさだけはないことでしょうか。
そうはいっても、平家物語に着想を得た意欲的な物語として、十分楽しめる作品でした。
短い物語なので、秋の夜長に手にするのにもいいですね。
- 感想投稿日 : 2017年9月30日
- 読了日 : 2017年9月30日
- 本棚登録日 : 2017年7月25日
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