逆説の日本史6 中世神風編(小学館文庫): 鎌倉仏教と元寇の謎 (小学館文庫 R い- 1-6)

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  • 小学館 (2002年6月6日発売)
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第6巻では、鎌倉新仏教の成立と、元寇から鎌倉幕府の滅亡、建武の親政までの歴史が扱われています。

著者はこれまで、現代の「民主主義」の常識で過去の出来事の意味を解釈することの誤りを繰り返し指摘していますが、鎌倉新仏教と天台本覚思想を結び付けている著者自身が、そうした誤りに陥っているのではないか、という疑いがあります。ただこの点については、著者があくまで宗教の歴史的な意義だけを考察する立場を取っており、信仰の立場からそれぞれの宗教を論じているわけではないということに留意するならば、むしろ正しい主張ではないかと思います。たとえば著者は、親鸞に対する蓮如や、道元に対する螢山の役割を高く評価していますが、ここにも宗教的な信仰の内奥に直接迫るのではなく、彼らの歴史的影響を重視する著者の姿勢がよく示されているように思います。

とはいえ、著者自身も「あとがき」で「今回書いたことは、まさに宗教の本当の意味でのアウトラインであって、仏教というのは、それだけに一生を懸けても極めきれないほどの深いものなのである」と述べているように、やはりこうした立場からそれぞれの宗教の意義を論じ尽くすことは難しいというべきでしょう。著者は本書で末木文美士の『日本仏教史』(新潮文庫)によりつつ、末木以上に鎌倉新仏教と天台本覚思想を直接的に結び付けるのですが、さらに気になるのは、その背後に日本古来のアニミズムの影響を見ている点です。おそらくこうした著者の理解は、梅原猛や鎌田東二らの議論を踏まえているのだと思われますが、どこまでも宗教を文化現象として扱うこうした立場から、親鸞、道元、日蓮らの宗教的実存すなわち「人」に触れることはできないのではないかと考えます。

建武の親政を論じたところでは、後醍醐天皇の宋学からの影響を指摘するとともに、武家を「ケガレ」とみなす後醍醐天皇が政治的な混乱を招いたことを厳しく批判し、戦後日本の空想的平和主義に対する不満が語られています。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 歴史・地域・文化
感想投稿日 : 2016年7月29日
読了日 : -
本棚登録日 : 2016年7月29日

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