失楽園の向こう側 (小学館文庫)

著者 :
  • 小学館 (2006年3月7日発売)
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感想 : 14
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「貧乏は正しい!」シリーズ(全5巻、小学館文庫)の続編とも言えるような内容の本です。

バブル後の不況を「失われた十年」と呼ぶことがあります。しかしこの言葉には、本来あるべきものが「失われた」のであり、どこかに「奪って行った」犯人がいるかのようなニュアンスがあります。著者は、そうした考え方そのものを批判します。

これまで多くの人びとは、「カイシャ」の中で生きていくことを当たり前のように考えていました。彼らは往々にして、同僚や上司という「身内」だけしか見ておらず、「カイシャ」の外にいる「他者」に目を向けようとしません。著者は、グローバル化によって「カイシャ」の外に貧困が広がりつつあるにもかかわらず、人びとがいっこうに貧困に目を向けようとしないことの理由を、こうした「カイシャ」本位の考え方に求めています。しかし現実には、「カイシャ」の中だけで生きていくことがしだいに難しくなってきています。

こうした状況を、あるべきものが「失われた」と考えるのではなく、「他者」と向き合い「他者」の呼びかけに答えていかなければならない、当たり前の現実として認めることで、やっと私たちは自分と他者の共存する「社会」について考えるためのスタート・ラインに立つことができるという考えが、著者の主張の根幹にあるように思います。

どこまでも経済成長が続くという神話を超え出ていったとき、私たちはいかなるユートピア社会に到達できるわけでもなく、ただ面倒な他者と粘り強く向かい合っていかなければならないという現実がある、というだけでは希望がないようにも思えますが、「「希望がない」ということが、そのまま「希望がある」になる」と著者は言い、しかし「自分の真実を見つめる目がありさえすれば」と付け加えることを忘れません。

著者に心酔している読者の一人としては、ほとんどページごとに「まったくその通り」と思いつつ読んでいたのですが、ただ一つ気になるのは、どうして自分を含めて多くの人はこんなにたやすくユートピア思想に絡め取られてしまうのだろう、ということです。翻って考えなおしてみると、著者の説く「失楽園の向こう側」に広がる「現実」を眺望したいと願う今現在でさえも、「失楽園」というテーマ・パークを新しいユートピアのように見ているにすぎないのかもしれません。あるいは、自分が身体知に関してはまったくのオンチというほかない人間だからではないかとも考えるのですが。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 日本の小説・エッセイ
感想投稿日 : 2015年4月29日
読了日 : -
本棚登録日 : 2015年4月29日

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