満潮の時刻 (新潮文庫)

著者 :
  • 新潮社 (2002年1月30日発売)
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感想 : 43
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結核にかかった明石という男の入院生活をえがいた作品です。

肋膜炎にかかったため、召集を受けることのないまま終戦を迎えた明石は、四十代という働き盛りの年に結核で一年以上の入院を余儀なくされたことによって、同世代のなかで自分だけが戦場に行かなかったというコンプレックスを解消することができるのではないかという考えます。しかし、長くつづく入院生活にそうした決意は揺らぎ、妻に不平をこぼします。

ところが、思いもかけず手術によって早く退院することができるかもしれないという医者の話がもたらされ、明石は手術を受けることを決意します。しかし、彼の病状は医者の予想をはずれて悪化の一途をたどり、退院のめどが立たなくなってしまいます。明石はそうした自分の運命を嘆きつつも、あたりまえだった日常の「生活」から離れて病院で長い時間を過ごしていくなかで、「人生」に思いをめぐらせます。

『沈黙』と同時期に執筆され、著者自身は改稿の計画をもっていたものの、そのままになってしまった作品ということもあって、構成に多少難があるようにも感じられますが、入院生活という即物的な条件によってさまざまな思いが去来して心が揺れ動く展開になっており、興味深く読むことができました。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 日本の小説・エッセイ
感想投稿日 : 2023年7月21日
読了日 : -
本棚登録日 : 2023年7月21日

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