「かわいい」論 (ちくま新書 578)

著者 :
  • 筑摩書房 (2006年1月10日発売)
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本棚登録 : 892
感想 : 107
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いわゆるオタク文化の紹介ではなく、もう少し広い意味での文化現象としての「かわいい」現象の実態に、文化人類学的な観点からメスを入れる試みです。歴史的な考察や、学生たちへのアンケート、秋葉原などへのフィールド・ワークなどが含まれています。

本書の中で、「かわいい」という言葉についてフェミニストの上野千鶴子が放った批判が紹介されています。上野は、「かわいい」とは「女が生存戦略のために、ずっと採用してきた」媚態だといい、「かわいい」にまつわる言説が、女性を旧来の依存的存在に押しとどめておくためのイデオロギー的な役割を果たしていることを批判しています。

一方著者は、現在の「かわいい」現象を、フランスの批評家ロラン・バルトの「神話作用」として理解することを試みていると本書で述べています。「神話」とは誤認であり、不自然なものに自然の衣装を被せる意味論的体系を意味しており、うした観点に立つとき、上野のようにイデオロギー的な欺瞞を暴露するという戦術は効をなさないとされます。「かわいい」という「神話」が受け容れられるに際して、その受け手のほうからの積極的な働きかけが必要だと著者はいいます。この複雑な共犯関係に肉薄することが、本書の目標といってよいでしょう。

さらにエピローグでは、アウシュヴィッツの収容所内の壁に描かれたかわいい猫の絵を見たときのことが記されています。「かわいい」は歴史を無効にし、その享受者を永遠の多幸症というべき状態にいざなうと著者は考えます。このことは、「かわいい」という「神話」のヴェールを一枚取り除けば、そこには大量虐殺というおぞましい事態が存在しているということを知っておかなければならないということを、印象的に示しています。

かなり深いレヴェルに考察が及んでいるのですが、具体的な事例紹介とあまりうまく噛みあっておらず、議論が空転しているような印象もあります。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: メディア・サブカルチャー
感想投稿日 : 2017年9月13日
読了日 : -
本棚登録日 : 2017年9月13日

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