話の終わり

  • 作品社 (2010年11月30日発売)
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「まだ何ひとつ始まっていなかったあの時間こそが、ある意味では最良の時だったのかもしれない。」

繊細をえがく潔さと曖昧さにおける誠実さが、とても気持ちがよかった。幾つもの言葉と感覚に、じぶんじしんの欠片をみつけた。わたしはお酒を飲まないので、もし飲めたとしたら、彼女みたいに飲み続ければ新しい世界に到達できると信じたかもしれない。
ひとまわり年下との恋愛なんて、考えたこともなかったからとても新鮮な気持ちで聴いていた。痛々しくて滑稽なのか、なにがしかのパワーをもらえるのか。
淡々と語られる恋路はまるで他人事のようだけれど、恋をしたあとに気がつくのは、なぜこの人じゃなくてはならなかったのか、はじまりもあやふやで、"このときわたしは恋に落ちた" なんていうドラマチックなことは、たぶんほとんどが誰かの理想で、そう信じたいだけなのかもしれない。
こんがらがった感情と記憶の糸をひとつずつ解いてゆくような追想は、あらたな過去をみつけてくれる。あたらしい疑問とともに。

赤いタイルの床とパイプ椅子。ファーストネームを知らなくても不自然でない言葉少なな会話。あの夜の踏切の警報音。冬の歩道橋に吹きつける冷たい風。汗で湿った柔軟剤の香りを放つハンカチ。

どうしてこんなふうにすれ違っていってしまうんだろう。かみ合わなく(あるいはかみ合わそうとしなく)なってしまってゆくのだろう。彼と、そしてじぶんじしんとも。わたしはぜんぜん上手くあなたを愛せていなかったのかもしれない。そんな気がするけれど、重力 を失ったあとの浮遊感の心許なさが、止まっていた時間を動かしはじめるのだろう。そしてうんざりするのは、またきっといつか、同じことがくりかえされるのであろう、ということ。儀式 としての苦い紅茶やなんかがあれば、少しは慰めになるのかも。



「彼はしょっちゅう誰かに失望していた。ほとんどすべての人間に失望し、怒りを感じてたと言ってもよかった。」

「私は自分が若くなりたいとは思わなかった。ただ、安全な距離を保ったまま、若さのそばにいたかった。彼の中にあるされを感じていたかった。」

「だが答えなどどこにもありはしない。あるにしても、たぶん後になって振り返ったときにふっと浮かんでくる類のものなのだろう。」

「たとえ自分のやりたいことが間違いだったとしても、私は正しいことをするよりも、間違いを犯してあとで後悔するほうを選ぶことのほうが多かった。」

「私はいつも彼に何かを与えてもらおう、どうにかして楽しませてもらおうとそればかり考えていた。そのくせ彼に対して、そしてたぶん誰に対しても、心の底から興味をもつことはできなかった。」

「とるべき道は三つあった。他人を愛することをあきらめるか、身勝手をやめるか、身勝手なまま他人を愛せる方法を見つけるか。」

「だがあの頃の私は、完全にのめりこめるような本は選ばなかった。読んでいるうちに魂の一部がページを離れ、もう何度もしゃぶった古い骨を求めてあてどなくさまよいはじめるような、そんな本ばかり選んでいた。」

「自分の中に賢さが生まれると、ちょうどそれに見合うだけの愚かさも生まれるのだ。」

「ひどいときには言葉の意味も理解できなかった。氷の結晶の中に閉じこめられたように、ただ言葉が宙に浮かんでいるのを眺め、ちりちりと音を立てているのを聞いているだけだった。」

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 未設定
感想投稿日 : 2023年2月24日
読了日 : 2023年2月22日
本棚登録日 : 2023年2月24日

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