なんか、全体的に、喪失感が貫かれているような。印象を受けました。コトバエラビとか、コトバリズムを極めたひとが紡ぐ詩っていうのは、あとがきに谷川さんが書かれているとおり、“詩はとれたての新鮮な言葉をいのちとしているから、メディアに氾濫する言葉からのデトックスとして役立つ”のかもしれない。でも、そういうのに頷く一方で、一遍の詩がずうっと人生に付きまとうこともあるし、人生観を変えてくれることだってあるかもしれないし、いろんな気づき、勇気を与えてくれる場合だってある。そういう意味では、刺さるほどの棘は、この1冊にはなかったかなあ、いまの私には。コトバも文も出会いだし、またいずれ、違う時期に読めば、胸に刺さることもあるかもしれない。「時の名前」とかは 音楽はないのに歌詞のようで ちょっと気になったな。 ○ ○○ ○○○ という区切りなんかも… 。最近の、 うちらゎズっ友 ゎら みたいなああいう日本語は、いずれ消える退化でしかないと思うけど、こういうコトバを極めてきた詩人の紡ぐ光景は、日本語の進化の可能性を感じるよね。まだ誰も組み合わせたことのない式を、見せられるかんじ。
読書状況:読み終わった
公開設定:公開
カテゴリ:
詩集・画集など
- 感想投稿日 : 2013年8月1日
- 読了日 : 2013年8月4日
- 本棚登録日 : 2013年8月1日
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