動物化するポストモダン オタクから見た日本社会 (講談社現代新書)

著者 :
  • 講談社 (2001年11月20日発売)
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“しかしポストモダンの人間は、「意味」への渇望を社交性を通しては満たすことができず、むしろ動物的な欲求に還元することで孤独に満たしている。そこではもはや、小さな物語と大きな非物語のあいだにいかなる繋がりもなく、世界全体はただ即物的に、だれの生にも意味を与えることなく漂っている。意味の動物性への還元、人間性の無意味化、そしてシミュラークルの水準での動物性とデータベースの水準での人間性の解離的な共存。(略)「ポストモダンでは超越性の観念が凋落するとして、ではそこで人間性はどうなってしまうのか」という疑問に対する、現時点での筆者の答えである。(p.140)”

 サブカルチャー論でよく名前を聞く本。
 筆者の主張をごく簡単にまとめれば、ポストモダンとは「大きな物語」の権威が失墜し、代わって「小さな物語」(シミュラークルの全面化)と「大きな非物語」(データベース)の二層構造が生じた時代だとする。オタクたちの消費活動は、ポストモダン化の進行に伴って「物語消費」から「データベース消費」に移行した。そして筆者は、彼らの行動様式を「動物」的、つまり、“間主体的な構造が消え、各人がそれぞれ欠乏-満足の回路を閉じてしまう状態(p.127)”にあると評する。

 以下、読んで思ったこと。

・巫女キャラなど日本的な意匠がマンガやアニメによく見られることを以て、オタク文化の日本への執着を読み取るのは流石に深読みのし過ぎだ。況や、敗戦で一度失われた疑似的な日本の再建の欲望をや、である。それを言うなら、例えば西洋的な意匠や中華的な意匠も同じくらい広く受け入れられているのだから。オタク文化に散見される日本的意匠は、文字通り作品中で用いられた「意匠」の1つに過ぎず、それ以上の特別な意味はないと思う。

・僕が理解したところでは、「大きな物語」は有機的に概念が繋がっているのに対し、「大きな非物語」は無機的だというのが両者の差異なのだと思う。前者では階層構造があって、そこから道徳・価値が導かれる。一方後者ではすべてが等質的("超平面的(p.154)")なので、個々人が何か行動規範を選びとる必要がある。
 ただ、個別のアニメ作品に於いては「大きな物語」も「大きな非物語」もともに「設定」のことであると書いてあるのがややこしい(p.50には“「大きな物語」とは(略)「設定」や「世界観」を意味する”とあり、p.54には“データベース=設定”とある)。文脈から考えて、前者の「設定」とは作品世界についての設定であり、後者はキャラクターについての設定ということだろう。斎藤環は登場人物の行動原理を「トラウマ」で説明する近年の傾向を指摘したが(『社会学化する社会』)、後者の「小さな物語」と関連があるか?

・「データベース消費」におけるストーリーの偶然性に対する指摘はなるほどと思った。確かに、ノベルゲームのマルチエンド構造は、ストーリーが必然的なものではないという意識を反映していそうだ。また、本書と所謂「なろう」小説の関連について触れた他の方のレビューを読んだが、その通りだと思う。「小説家になろう」では、転生ものや追放ものなど新しいジャンルが開拓されると膨大な数の類似作が一気に投稿されるという。僕も何作かは読んでみたことがあるが、「ジャンル・世界観」+「ストーリー展開」+「主人公のキャラクター」+「ヒロインのキャラクター」+・・・のように構成要素を組み合わせて出来ている感じがした。もはや話の筋は類型的でいいようだ。これこそまさにシミュラークルの典型と言えるだろう。

・「大きな非物語」について読んだとき、最初に連想したのがマッチングアプリだった。そこでは、人間は性別や年齢、収入etc.の集合としてしか扱われない。他にも似たような例は挙げられるだろうが、このようなデータベース化は情報化社会の現れでもあるだろうから、単純にポストモダンに帰着させて良いものかはよく分からない。

 オタク文化とポストモダン論を関連付けて論じる試みは興味深く、時代の傾向をつかんでいると思う。本書で導入された種々の概念は今でも依然として有用だろう。しかし、全体的に少し説明不足という印象も受けた(この本をちゃんと読解できている自信はないけど)。アニメやマンガを読む時や、また普段の生活の中でも、慎重に吟味していきたいところである。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 3 社会科学
感想投稿日 : 2022年6月10日
読了日 : 2022年6月2日
本棚登録日 : 2022年5月22日

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