人間の尊厳と八〇〇メートル (創元推理文庫)

著者 :
  • 東京創元社 (2014年2月21日発売)
3.23
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本棚登録 : 135
感想 : 21
3

○ 総合評価   ★★★☆☆
〇 サプライズ  ★★☆☆☆
〇 熱中度    ★★★☆☆
〇 インパクト  ★★☆☆☆
〇 キャラクター ★★☆☆☆
〇 読後感    ★★★★☆ 

 よく言えばバラエティ豊かな短編集。雑多な作品が収録されている。どの作品もテイストは違うが,十分に楽しめる秀作ぞろい。深水黎一郎の作品は,長編だと面白いけど傑作というには一歩足りないと感じる作品が多い。短編だと読みやすさとクセのなさがより際立つ。この作品集では,「完全犯罪あるいは善人の見えない牙」が白眉だろう。

〇 人間の尊厳と八〇〇メートル
 ふと立ち寄ったバーで見知らぬ男から持ちかけられた異様な「賭け」。男は人間の尊厳のために800メートルを競争しなければならないと説く。「ハイゼンベルクの不確定性原理」などを持ち出し,「普通に考えたら絶対にしない行為だから意味がある。限りなく0パーセントに近い可能性だったものを100パーセントに変えるのが目的だと。
 その男は真島浩二といって,かつて日本の中距離界のエースと言われていた男だった。言葉巧みに800メートル競走に誘い,賭け金の5万円をせしめようとしていたのだ。そのことを見抜いたのはスケートボードを足の代わりに使い,上半身の筋肉でボードを漕ぐように床を押して進む男。その男は,絶対に勝ち目のない賭けを自ら提案し,それえをやらずに済ませた。その限りなくゼロに近い可能性を100にして見せることで人間の尊厳を証明したのだ。
 日本推理作家協会賞を受賞した作品。作者のあとがきによると,読者にほんの一瞬でも八〇〇メートルを走ることが人間の尊厳を証明することになる,と思わせることができれば成功だと考えて書かれた作品とのこと。
 真島の口を借りた量子力学の考えを使った作者の表現ぶりで,八〇〇メートルを全力疾走することで人間の尊厳を証明することになるのかもな…と思わせることには成功していると思う。しかし,オチが分かりにくい。一瞬何かわからず,考えオチみたいになってしまった。想像もしなかったことをすることで,0パーセントに近い可能性だったものを100パーセントにすることが人間の尊厳の証明という点を,勝ち目のない賭けを持ち掛け,その賭けをせずに済ますことで0パーセントに近い可能性を100パーセントにすること,というロジックがすっと落ちない。さらに,真島がスケートボードに乗って去った男が足が不自由であることを見抜けなかったところも腑に落ちない。途中の話の持って行き方はよいがオチの分かりにくさを踏まえ★3止まり。
〇 北欧二題
 極北の国々を旅する日本人青年がおもちゃ屋と博物館で遭遇した二つの物語が描かれる。おもちゃ屋での事件は,おもちゃ屋で身分証明書がなく困っていた男がその国の国王で,コインや紙幣の肖像画で自身の身分を証明したという話。1988年にストックホルムで実際にあった話を元ネタにしているという。2つ目の博物館の話は,オチが分かりにくい。町を去ろうとしている博物館の従業員が15分前に博物館を閉めて,最後の仕事をきちんと終えてから町を去ろうとしたのか…と思わせて,そんな美しい話ではないのかもしれないと持って行くリドルストーリーのようなオチ。文章の読みにくさと相まって,すっと落ちてこなかった。ルビ以外の個所ではカタカナを用いないという文体で書かれており,雰囲気は出ているが,正直,読みにくい。2作のトータルでギリギリ及第点の★3で。
〇 特別警戒態勢
 帰省が嫌な警察官の子どもが皇居の爆破予告をすることで,父親の休暇をなくし,帰省をしなくてもよくなるという話。「五声のリチェルカーレ」でも感じたが,作者の子どもに対する考えが現れた作品。意外な犯人モノとも読めるが,作者はホワイダニットに特化した作品だと言っている。確かに,フーダニットとしてはさほどの意外性はない。ただ,ホワイダニットとしてもそこまでの意外性はない。分かりやすくよくできた短編ではあるが★4とするほどでもない。★3で。
〇 完全犯罪あるいは善人の見えない牙
 若い頃から異性に持てた女性が,魅力があると思って結婚した男性が善人過ぎるため,多額の保険金を掛けて毒殺する。自然死に見せかけるはずが,善人である男が借金を相続させないように死亡前に離婚。自身の臓器を移植するために解剖がされ,離婚をしていたので臓器の提供に異を唱えることができず,解剖により毒殺がバレてしまったという話。犯罪と認定されていないのに死体解剖されるケースは何かと考え,描かれた作品とのこと。これは面白い。オチも分かりやすい。傑作といってもいいデキだと思う。★4で。
〇 蜜月旅行 LUNE DE MILE
 パリに新婚旅行に行っている夫婦を描いている作品。夫はかつてバックパッカーとして海外を放浪していた。旅行で夫は張り切るが,何か噛み合わない。妻は「日本帰ったら離婚することに決めたわ。」と言い出す。見栄っ張りでわがまま。まるで子どもだと。その後,強盗騒ぎに見舞われ,妻に盗癖があることが分かる。その後の妻はやりたい放題。そして夫と妻との関係も改善するとうオチ。
 起承転結がしっかりした,短編のお手本のような作品。読後感もさわやか。ミステリーとは言えないが,ちょっとしたコメディとして及第点のデキだろう。★3で。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 文庫32
感想投稿日 : 2019年12月4日
読了日 : 2019年12月4日
本棚登録日 : 2019年12月4日

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