HUNTER X HUNTER 1 (ジャンプコミックス)

著者 :
  • 集英社 (1998年6月4日発売)
4.02
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本棚登録 : 7874
感想 : 616
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『HUNTER×HUNTER』は「ハンター試験編」から始まる。主人公ゴンはプロのハンターになるためハンター試験を受けるが、試験場で同じ志を持つ3人の友人(キルア、クラピカ、レオリオ)を得る。正体不明の殺し屋ヒソカとも知己になる。待ち構える難題を次々とクリアし、ゴンたちはみごと試験に合格(キルアだけは自ら失格)、本懐を果たす。
以下、「編」ごとに大きなストーリーの枠があり、強敵との戦い、ライバルたちとの研鑽、秘宝の奪取などの冒険の中で、ゴンたちの成長が描かれる。

この作品で特筆すべきは登場人物たちの多さとその多様性である。次から次へと新しいキャラクターが登場するのだが、見かけがきちんと描き分けられているのはもちろん、細かい性格、特殊な能力、果たすべき使命、他のキャラクターたちとの因縁まで、その属性がしっかりと確定されており、そんな彼らが縦横に交わり、激しく衝突し、大きく変容しながら、編全体のストーリーを練りあげていっている。
主要人物でもひとつの編に全く登場しないことがあるが(クラピカなど実際の時間で15年間も!)、再び登場したときは空白を埋め合わせるほどの成長を見せるし、逆にチラとしか顔を見せなかった思わせぶりなキャラクターの行く末も気になる。つまり今回出番のなかったキャラクターたちも、物語の裏にしっかりと存在しているのを意識させてくれているのだ。このことで物語はより重厚になり、スケール感も大きくなっている。
なお、その中で主人公のゴンの属性だけがあっけらかんと単純で、ひとりだけ子ども子どもしている。しかしそのことによって、ゴンは主人公であるのに大人の事情にあまり首をつっこむ必要がなくなり、成長途上の自分の能力の範囲内だけに限定して活躍できることになる。一方ゴン以外の屈強な大人たちも主人公ゴンを気にせずに大暴れできるのである(・・・ここでたとえば、同じ「ジャンプ」の『ナルト』だとやはり多くの登場人物は出てくるが、主人公のナルトは一番活躍しなければならない。かつ、中心にいて皆とかかわらくてはならない。かつ、事情を知悉しておかなくてはならない。などという制約が生じることになっている・・・)。結果、”主人公ゴンの扱われ方が少ない”とは感じさせず、”ゴンもゴン以外も見どころが満載”といった印象になっている。こんなところも、『HUNTER×HUNTER』に大きなスケール感が感じられる原因だと思う。

細かいルールを設定してそれに従って、ゲーム感覚で、戦ったり駆け引きしたりするのもこの作品の特徴である。この点については、”物語に関係ないような決めごとまでよく考えてるなぁ”と感心するムキもあろうが、そのための説明が紙面上いきおい瑣末になり(実際字が小さくなって老眼にはキツい)読んでいて煩わしく感じられた(特に「グリード・アイランド編」に出てくるカードのルール、あるいは念能力に関する細かな約束事など)。なのでこの点についてはマイナスの印象を受けている。

しかし『HUNTER×HUNTER』が勇名を馳せたのは、なんといってもその圧巻「キメラ・アント編」の大成功によるものだ。
機械文明を拒否した人々が住む孤絶した島。そこにどこからどうやって辿り着いたのか、巨大な節足動物(女王蟻と兵隊蟻たち)が現れる。彼らは無抵抗な島民を餌に、女王蟻は王の出産準備に精を出し、兵隊蟻は人間との合成動物(キメラアント)に変身しながら、島を完全に制圧する。異状を知ったハンター協会はキメラアント退治に乗り出すのだが、名うてのハンターでさえ、念をも自在に扱うキメラアントたちに全く歯が立たない(カイトでさえネフェルピトーに瞬殺されてしまう)。そんな中ついに最強最悪の王メルエムが誕生したと知らせが伝わる。さらなる修行でレベルアップしたゴンとキルア、新キャラのハンター、モラウ、ナックル、シュートたち、そして事態の深刻さを危惧して自ら乗り込んできたハンター協会会長ネテロ。彼らは満を持して王の宮殿への突入作戦を決行するのだが、宮殿のなかで待ち受けていたのは、彼らの予想をはるかにうわまわる衝撃の事実であった。
と、いやがうえにも盛り上がる展開は急で先が読めない。ついに始まったキメラアント対人間の最終決戦、最後に勝利するのはどちらなのか!? ・・・いやしかし、「キメラ・アント編」の本当の凄さはそこではなく、将棋に似た架空の盤上ゲーム”軍儀”の達人にして盲目の白痴少女(idiot savant)コムギの創出、これだ。この”軍儀”では、王メリエムでさえただの一勝もできないほど神懸った強さを見せるコムギ。王メリエムはコムギとの人智を超えた究極の対局を重ねるうちに、本当の強さとは何か、自分とはいったい何者なのかを考え始める。
人間との最終決戦では人類最強のネテロ会長さえも軽く一蹴してみせた王メリエム。しかしネテロ会長の最後っ屁的な、卑劣な薔薇爆弾に被爆した王メリエムは自分の死期を悟り、残されたわずかな時間をコムギとふたりだけの”軍儀”の対局に捧げようとする。王の傍にいるコムギにも薔薇爆弾の毒は感染するが、そもそも一局一局に命を懸けているコムギはもとより死を恐れようはずもなく、死にゆく王に、「不束者ですが、お供させてください。」と申し出る。やがてちから尽き、コムギの胸にくずれおちる王、「・・・そうか。余はこの瞬間のために生まれてきたのだ・・・!!」。そしてコムギ、「ワダすが・・・こんなに幸せで・・・いいのでしょうか?」「ワダすはきっと、この日のために生まれて来ますた・・・!」。
アリストテレスは悲劇の条件として、悲劇に見舞われる登場人物が鑑賞者より上の立場の者であり、それが下、あるいは最下位に沈むことにあると言った。ドナルド・キーンはこれを受けて、近松を引き合いに出し、鑑賞者と同じ立場の登場人物でも悲劇は成立する、ただし、その場合“道行き”という過程が物語に必要になってくる、と言った。悲劇の最終地点である心中に先行するこの“道行き”を通して、市井の登場人物でもより高い位置に押し上げられ美しく浄化されたうえで奈落の底に突き落とされる。結果、悲劇が成就するというのだ。
王メルエムとコムギとの最後の”軍儀”の対局はまさに彼らの“道行き”であり、この過程を経て、暗黒の暴君は高貴に輝く1等星に変容し、白痴少女は慈愛に満ちた聖母に昇華する(そしてピエタが完成する)。このふたりの最後の対局のシーン(視力を失ったふたりのセリフだけ、黒ベタいち面の数ページ)は、おそらくマンガ史上もっとも美しく感動的なもののひとつとしてこれからも読み継がれるであろう。余計なことかもしれないが、同じ作者でもこれを超えるものを描くのはまず、難しいのではないか。

現在は、よりスケールの大きな「暗黒大陸編」が進行中である。作者の遅筆は有名ではあるが、自分が生きているうちに少しでも先を読んでみたい、全ての読者にそう思わせてくれる傑作マンガである、『HUNTER×HUNTER』は。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: マンガ・アニメ
感想投稿日 : 2018年8月8日
読了日 : 2018年7月25日
本棚登録日 : 2018年7月26日

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