ウィトゲンシュタインの愛人

  • 国書刊行会 (2020年7月17日発売)
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■ケイトが乗り捨てられた車を駆って地球上を走りまわり、名だたる美術館を占拠して寝起きしている世界。そこではとうの昔に人類をはじめあらゆる動物が死に絶えてしまっている。これを書いているぼくも含めて。当然のことながら。
■この場合「乗り捨てられた」のはケイトではなく「車」の方だと、ぼくは今いいそうになった。
■そして現在、まだ死んでいないぼくがそんな未来のケイトから教えられるのが、チマブーエは野原で羊をスケッチしている少年を弟子に取ったがその子がのちのジョットであったということ。
■あるいはまた、レンブラントの高弟カレル・ファブリティウスは火薬倉庫の爆発で事故死したということ。
■まだ死んでいないぼくからしても、彼ら画家たちは遠い遠い過去の登場人物たち。だからチマブーエもカレル・ファブリティウスも、そのころ生きていた人類、そしてあらゆる動物たちもすべてすでに完全に死に絶えてしまっている。確認することはできないけれど。でも絶対に。
■そんな風に考えるとこう言えはしまいか。【存在とはすなわち鏡に映りこんだ無のことである】と。
■ちなみに今打った文章の内容は、ぼくには全く理解できていない。
■盲目になった人物のリストに、ホルヘ・フランシスコ・イシドロ・ルイス・ボルヘス・アセベードを付け加えておいた方がいいかもしれない。この名前が長ければ、単にボルヘスでもかまわないが。
■そのボルヘスはこう書いている「徐々に盲目になるのは悲劇じゃあない。夏の、ゆっくりした黄昏のようなものだ」と。
■黄昏についてはドストエフスキーにもあの有名な言及がある。それが何かは思い出せないけれど。
■あるいはこうとも。【世界を成立させるためのたったひとつの条件とは、存在でも現象でもなく、ただわれわれの感情にすぎない】と。
■………誓って言うが、ウィトゲンシュタインはそんなことひとことも言っていない。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 外国文学
感想投稿日 : 2022年6月26日
読了日 : 2022年6月26日
本棚登録日 : 2022年6月26日

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