美しきノスタルジア。
欧米世界が第一次世界大戦に向かう頃、
日本は明治の黎明期を経て、列強への脱皮を図っていた。
産業はもちろん、欧米型の学問分野と研究手法を取り入れ、
机上の空論ではなく実測・実験を基本とする合理主義的なアプローチを
体系化するため、人材の輸出入を積極的に行っていた頃。
東西の文化が交流し、混流する地、トルコ・スタンブールに派遣された
考古学者の卵、村田は、彼の地で「エフェンディ」と呼ばれる。
それはトルコでいうところの「先生」という意味だった。
尊称なのだろうが、珍しい東洋人へのとりあえずの建前、と取れなくもない。
純粋な好意でもなく、かといって失礼ではない。
村田が身を寄せる下宿の中で唯一のトルコ人にしてイスラム教徒、ムハンマドの、
独特のバランス感覚がそこには現れていた・・・・・・
古代遺跡から発掘された屑石材を積み上げ、いわば墓石でできた壁に
囲まれた下宿に住むのは、
敬虔なクリスチャンでハウスキーパーのイギリス婦人、
失われた文化への深いノスタルジーを抱えたギリシア人、
発掘調査を通して文明の興亡を合理的に分析しようとするドイツ人、
土着のイスラム教徒としての戒律と文化を守る「奴隷階級」のトルコ人、
そしてやたらと自己主張の強いオウムと、墓石の中に住む古代の神々の残滓。
異文化に触れ、改めて日本と己について考え至る村田エフェンディを中心に、
国籍も宗教もばらばらの人間たちがどうにかこうにか都合をつけてやっていく様を
時代がかった話し言葉で活写した物語。
異文化体験に戸惑い、感心し、受容し、ひるがえって
自分の立ち位置に悩んだりする意気込んだりする村田の「あわあわ感」が
親近感を呼ぶのか、自分も同じ下宿にいるような気持ちになってくる。
そして梨木さんならではの、日常的にそこにある神様や幽霊の気配。
キャラクターに託して複眼的に語られる
文化人類学的な宗教や文明のルーツへの視点も面白い。
戦争の暗い影、近代社会へと変貌していく欧米諸国の軋みを
大きな背景にしながら、その時代に生きた人たちの息遣いを感じるほど
ディテールにこだわっているから、この共感があるんだろうなあと。
読後は、自分が知らない時代、前近代へのノスタルジーに浸ってしまいます。
- 感想投稿日 : 2011年5月9日
- 読了日 : 2011年5月8日
- 本棚登録日 : 2011年5月9日
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