かの名はポンパドール

著者 :
  • 世界文化社 (2013年9月11日発売)
3.53
  • (6)
  • (24)
  • (20)
  • (3)
  • (2)
本棚登録 : 163
感想 : 22

「新しい女の形を体現したロココの女宰相」

平民の子として生をうけたジャンヌ・アントワネット・ポアソンはその類いまれなる美貌で、セナールの森に狩りに来ていたルイ15世の目にとまり、その寵姫としてヴェルサイユに迎えられる。権謀術数渦巻く中、深い教養と機知を以ってルイ15世の信頼を得たジャンヌはポンパドールの名を与えられ、ロココの女宰相としてヴェルサイユに君臨する。

世に名高いブーシェの作品をはじめ、口絵にはこれでもかと言わんばかりに美しいポンパドールの肖像画が掲載され、単なるシンデレラストーリーかと思いきやそこには18世紀フランス宮廷のドロドロの陰謀劇が…。ポンパドールはルイ15世の寵を得ようと野望をもってその渦の中にみずから飛び込んでいく。

彼女のすごいところは、単に国王の閨房の相手としてだけではなく、宮廷を牛耳る政治家たちともわたり合える影の政治家でもあったことだろう。ましてやこの佐藤版ではポンパドールは蒲柳のたちで不感症という女性としては致命的な欠陥を抱えていたとある。それがカミングアウトされた時点で本来は宮廷を去るべき身であるにもかかわらず、彼女に厚い信頼を寄せていたルイ15世は彼女をヴェルイユに残す。

〈「いいえ、そうではありません。これは新しい挑戦なのです。ええ、抱かれるだけか女の価値じゃないはずだもの。それなしでも、いる意味があるはずだもの、ええ、ええ、わたくし、挑戦してみます。ポンパドール侯爵夫人という、新しい女の形の創造に」〉

彼女はその決意のままに、率先して、イエズス会と対立していた啓蒙思想家や文芸家、芸術家たちのパトロンとなり、セーブル焼などの磁器産業を奨励した。政敵を宮廷から追放させ、外交においては長きにわたり敵対していたオーストリアとの同盟を結ぶことに力を尽くし、あまつさえ艶福家である国王の情欲の後始末まで買って出た。旧態然としたロココの宮廷にポンパドールは時代を先取る新しい女の形を体現してみせたのだった。

今一度表紙、ブーシェの描いたポンパドールの肖像画を見る。おそらく彼女の宮廷人生のうちもっとも円熟し輝いていた時であろうこの画の、その表情からは、単に「寝るだけの女」ではない、凛とした知性と機知が宿っているのが見て取れる。その部分に光をあてた本書は今でこそ、女の価値を底上げした女の人生として読むことができる。しかし彼女の死の直後厚い信頼を寄せていたはずにもかかわらず、「ポンパドール侯爵夫人の働きには感謝する」とのみ言い「寝るだけの女」をさっさと新たな寵姫に迎えたルイ15世の反応に、歴史の上での彼女の登場が早すぎたことを悔やむばかりだ。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 日本小説
感想投稿日 : 2015年5月16日
読了日 : 2015年5月9日
本棚登録日 : 2015年5月16日

みんなの感想をみる

コメント 0件

ツイートする