舞姫・うたかたの記―他3篇 (岩波文庫 緑 6-0)

著者 :
  • 岩波書店 (1981年1月16日発売)
3.36
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本棚登録 : 706
感想 : 55
3



最初の数ページは文語体に慣れるのに苦労した
しばらく日々飽きもせず同じページばかりを眺めていると不思議なことに理解できるようになってくる
解釈が完全に正しくないかもしれないが、それなりにじわじわ情景が見えるようになってくる
とりあえず、間違っていてもいいから現代文のカンニングだけはやめてとりあえず最後まで行ってみよう!の精神で(笑)

「舞姫」他4篇



【注)ネタバレを含みます(特に「舞姫」)】





「舞姫」
あらすじを乱暴にまとめてしまうと…
主人公太田豊太郎がドイツ留学をして、そこで出会った貧しい踊り子エリスと恋に落ちる
結局当時の時代背景と豊太郎の心の弱さにより、エリスを捨てて帰国するのだが…

主人公豊太郎
父が早くに亡くなり、母が厳しくしつけ、またそれに応えることが親孝行であり当たり前の人生だと優等生として狭い日本で模範生のように生きてきたのだろう
恐らく気心の知れる友人もあまりいなさそうである
決まった道を歩むことはきちんとこなせるが、自分で考えて道を開くということはとても苦手そうだ
自分の人生に前例のない大事な決断が一人でできなく、メンタルが非常に弱い
せっかくの華やかなヨーロッパの地でさえも遊ぶ勇気もなく、人付き合いも悪く、なまじ優秀なため仲間内で嫉みを買う
しかしながら、さすがの豊太郎もヨーロッパの自由な思想に影響を受けた模様
本ばかり読んでいたような豊太郎はエリスと出会い、心を揺さぶられ交際を重ねていくことに…

エリス
16〜17歳
どうやらとても美しいらしい
舞姫の身の上
薄給で厳しく使われても耐えていた「おとなしき性質」らしい
最初はいじらしい娘だと思っていた
しかし、豊太郎の裏切りを知ると…
〜「我豊太郎ぬし、かくまでに我をば欺き玉ひしか」と叫び、その場にたおれぬ。………
………我名を呼びていたく罵り、髪をむしり、蒲団を噛みなどをし、また遽に心づきたる様にて物を探り討めたり。…〜
心労のため、精神病を患うのだが、この豹変ぶりがなかなか怖い
もはや般若である(ドイツ女性を般若ってのもおかしいが…)
この恐ろしさは現代語では表すと、半減する気がする…「豊太郎どの、よくも裏切ったわね!きぃぃぃぃ!」って言うより、上記のが断然怖い
どちらかというと「豊太郎どの、よくも我を裏切り給う…この恨み現世では晴らせまい…ああ、恨めしい恨めしい…末代まで祟るぞよ」くらいかなぁ
妄想が好きに拍車がかかって遊んでしまったが、それはともかく貧しく、頼る相手もいない上、異国の男の子を宿して裏切られる…それはもう発狂したくもなる!
現代と違い、生きる方法を探す術もない時代であろう

友人・相沢
出世欲のある極めてエリートらしい考え方をもった男である
豊太郎に仕事を紹介し、エリスと別れ帰国を進める
悪気などない、ただの価値観の違い

豊太郎が大臣に付いて帰国を決意するのを、エリスに打ち明けられず、ぐずぐずした結果、相沢がエリスに話すことになる
豊太郎も心労で動けない時、豊太郎の帰国の際など生計に困らないようにエリスに支援をしている
豊太郎は相沢は我々の恩人としながらも、エリスを精神的に殺したという
残念ながら豊太郎はこのように悪いことは全て人のせいにするのだ(もちろん豊太郎だってかなり精神的には参ってしまうのだが…)
明治時代の日本男子は恐らく、世界を見ることができる一握りになれることがどれほどの名誉なことであっただろうかと察する
輝かしい日本を自分が背負って立つんだ!という気負いが溢れていたはずだ
そのため相沢は必死で豊太郎をエリートコースに乗せてやりたかったのだろう
優秀で語学が堪能なため、そんな理由でさえも同僚の嫉みを買うのもわかる気がする
ではドイツ女子はどんな時代背景があったのだろうか…⁇
貧しい踊り子に、どんな人生が待ち受けていたのだろうか
この時代のヨーロッパや、日本の背景なども興味深く、様々な観点から深読みできて面白い

当時のヨーロッパの石畳、街灯、様々な像、街のカフェや、華やかな紳士淑女の装い…
馬車の通る音や、高い空の色、色彩豊かな街並み…
これは視覚的感覚等、想像力を駆使してなかなか面白い体験ができる
残念ながら共感部分は皆無であったが、登場人物も少なく、ストーリーも短めかつ複雑でもないので文語体の手慣らしに良い
シンプルなストーリーなのでひたすら妄想が膨らみ、楽しめる


「うたかたの記」
これはなかなかストーリー展開が激しく、ドラマティックで激動感のある内容
当時ハマった女子が結構居そうな気がするのだが…
日本人美術男子巨勢(こせ)とドイツ女子マリイ
マリイの今までの人生が波乱万丈に展開する様を巨勢に語る
そして二人の行動(マリイに付いていくだけの巨勢だが)により、すべてのことが過去と繋がり、最後は現在で完結する
その一周する構成も凝っており、面白い
なかなか小説として読み応えがある
巨勢がマリイの人生のガイドのような役目に感じるほど、圧倒的なマリイの存在感が光る


「文づかひ」
ドイツの王宮や舞踊会など、上流階級の住まいや華やかな生活をうかがい知ることができ、所々ストーリーそっちのけになってないかい?というほど執拗に描写されている部分もある
鷗外の意図であろうか…

主人公である日本人大尉が、初めて入るドイツ貴族の城に胸が高まる
そこには6人の姫がおり、その中でも大尉が気になるのは前に見かけたことのあるミステリアスなイイダ姫だ
イイダ姫は下記のように表現されている
~イイダといふ姫は丈高く痩肉にて、五人の若き貴婦人のうち、この君のみ髪黒し。かの善くものいふ目をよそにしては、外の姫たちに立ちこえて美しとおもふところもなく、眉の間にはいつも皺少しあり。面のいろの蒼う見ゆるは、黒き衣のためにや~
他の姫君たちは各々華やかな装いで美しいが、イイダ姫だけは上下黒の衣装姿、また他の姫たちのようにおしゃべりな女性でもなさそうである
普通の姫とはちょっと違うのだ
そんな綺麗じゃないけど凛としており、口数少なく、しかし心の奥は深そう…そんな印象だ
そのイイダ姫の奏でるピアノの音がどうやら凄そうである
凄そうというのはただ繊細で美しいだけではなく、「物くるほしきイイダが当座の曲」とある
(詳細は省くがここでのピアノがどんな演奏であったか…この表現の描写が素晴らしい
どれほど聞くものを美しくも恐ろしくもあり、虜にしたか…見事に表現されている
ここは原文を読む醍醐味部分だ)
大尉は心を奪われ、眠ることもできない
そして、このピアノに合わせるかのような外から聞こえてくる笛の音…
これは一体!?
そしてイイダ姫は一緒に城に宿泊した中尉のフィアンセらしいのである…
うーんまるでミステリーのような先の気になる展開に
しかしながら、やはり自力ではわからない部分が出てきたため、最後は現代語訳のカンニングを頼ることに
解決しきれない詳細が気になって…(要は詳細をしっかり知りたいほど面白かったということなのだが…)
他にも読みどころはたくさんある
各人の心の内だけでもなかなか興味深いのだが、時代背景、宗教的事情、女性の生き方…
そして「文づかひ」のタイトルの意味
ああ、この話の後、彼らは一体どうなったのだろうか
そしてイイダ姫の取った大胆な行動は当時どのような反響であっただろうか…
自由を勝ち取った勇姿?はたまた自分の我を通しただけの我儘娘?
賛否両論が飛び交ったのではないか?
最後はそんな思いを馳せて終わることに…


「舞姫」、「うたかたの記」、「文づかひ」の三作品を独逸(ドイツ)三部作あるいは浪漫(ロマン)三部作と呼ばれている
個人的には「文づかひ」が一番好みであった(続いては「舞姫」…ではなく「うたかたの記」(笑))
先の展開が気になり、イイダ姫の心をのぞいてみたくなった
そうイイダ姫にやられます(笑)
そして、この三作品に共通して思うのは、各女性の圧倒的存在感の強さだ
「舞姫」エリスは典型的な貧しい悲劇の美しいヒロイン、「うたかたの記」マリイは華やかで美しく激しいドラマティックな女性、「文づかひ」のイイダ姫は内に秘めたツンデレタイプの独立心旺盛な姫君
そこに添えられたかのような男性はまるで進行役かガイド役か…という立ち位置にすら感じてしまう
(鴎外は女性を主体に何か訴えたかったのか…)
それぞれの女性に個性があり、幸福かどうかは別として、見事に話の中で彼女たちがそれぞれ一番際立ってくる




「そめちがへ」
なかなか難しかった
最初のつまずきが、主人公「兼吉(かねきち)」を名前的に男性かと思い、なんだかおかしいなぁと思いながら読み進め、途中で「あら、嫌だ女性だわ!」と慌てて読み返す
兼吉さんは茶屋の芸者さんのようだ
なにやらご不満があったようで、ビールにお酒を混ぜてぐい飲みし、二日酔いのご様子(あらあら)
そこへお得意さんが来て、「おや、兼吉つあん、何やらご機嫌麗しくないようだなぁ、そんな時は遊んじまうに限るぜ!
で、誰を呼んで遊びたいかい?」ってなノリで展開する
そこで兼吉さんが選んだのは自分のお友達と「出来た仲」の清さんという男性…(あらあら)
さてはてどうなることやら…
どうも評価が低いようだが、いったいどういう展開になるのか、と好奇心をそそられてまぁまぁ面白く読めた
江戸っぽさと、落語の小咄のような雰囲気が悪くない
「さすがは兼吉つあんだ」てな感じ(笑)
「そめちがへ」のタイトルは「染め違え」であり、最後にこの意味も…なるほど

 
「ふた夜」
どうやらこちらはハックレンデルというドイツ作家の小説の翻訳
どうりでなんか違うと思った
田舎ののどかな雰囲気から、たった1日のドラマティックな男女の出会い、そして戦争、最後は…
なかなか悲しい運命の切ない話であった
これは現代語訳で読みたいかなぁ…もともとドイツ人作家の話しなんだし
結構胸キュンのメロドラマである




しかしなぜこの5作品が一冊にまとまったのだろうか
ページ数の関係とかあるのであろうか?
うーん…どうでもいいことが気になる


ドイツ留学や軍医の経験をしている森鴎外自身の人生背景を知っておくとまた読み方が変わるだろう
読むのにかなりの時間を要したが、それでなくては意味がないような気もした
文語体ならではの味があり、たまにはこんな読書も悪くない
秋だしね♪











読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 未設定
感想投稿日 : 2020年10月14日
読了日 : 2020年10月14日
本棚登録日 : 2020年10月14日

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