李陵・山月記 (新潮文庫)

著者 :
  • 新潮社
3.98
  • (544)
  • (412)
  • (487)
  • (27)
  • (9)
本棚登録 : 4897
感想 : 500
4

注)軽くネタバレしてます

「山月記」

唐の時代
主人公の李徴(りちょう)は若くして官吏に合格するほど優秀
しかしあまりにも自尊心が高く、サラリーマンなんかやってられるか!
俺は詩人なんだ!
と官職をやめ、執筆活動に勤しむが、うまく事は運ばず経済的な苦しむ
やむ得ず地方で復職するも、誇り高き性格は変わることなく、他人とも交わらず、とうとう屈辱感から発狂して蒸発してしまう
翌年、数少ない李徴の友人が旅の途中で人喰い虎に襲われかける
これがなんと李徴であった
今までの懺悔と共に事情を話す李徴
同情する友人
最後に自分の頼みを聞いてほしいと訴える李徴
それは自分が作成した詩を世に送り出すことであった
もはや人間の理性の大方が消えつつあり、虎の人格にほぼ乗っ取られ、人間であることの時間の残り少なさを切々と感じているこの期に及んで…
家族の心配より詩の出版かいな…と思うも、著者の人生にかぶる部分があるようでそこを知るとこの執着心にも納得がいく
しかし人間と虎の人格をさまよう様相が非常にリアルで身から出た錆とはいえ、何とも物悲しい…


「名人伝」

弓の名人になろうと志を持つ紀昌(きしょう)
百発百中の名手・飛衛を師に選ぶ
年単位に及ぶ地味な基礎訓練に真面目に取り組む紀昌
ある時妻と諍いをし、激昂する妻のまつ毛3本を矢で射るが、妻は気づかず紀昌を罵り続けた!
それほど矢は速く、狙いは精妙(ヒュー♪)

腕を上げた紀昌はある時、師の飛衛がいなくなったら自分が天下第一の名人ではないか!と良からぬことを思いつく
紀昌はその思いに取り憑かれ二人は矢を持って向かい合うハメに…
どうなるこの闘い⁉︎
さすが師に軍配が上がるのだが、ここで紀昌は同義的慚愧の念が…
一方師の飛衛も安堵と満足感が…
お互いは一瞬で憎しみを無くして、師弟愛が芽生え抱き合って涙にかくきれる(面白過ぎ!)
とは言うもののまた弟子が悪巧みしないように、更なる目標を与える(師匠もなかなかである)
険しい山にある仙人のような老師の元へ行けと…
よぼよぼの爺さんの師は言う
「矢をつがえずに射て…」
9年間の修行を終え、山を降りた紀昌
さてどんな凄技を身につけたのでしょう…
というお話
面白い!
テンポ良くコミカルだ
最後のオチは教訓じみているものの、ユーモアがあり悪くない


「弟子」

孔子の弟子である子路(しろ)を主人公にした師弟愛を描いた話
偉大な思想家孔子の元に町の荒くれ野郎である子路がイチャモンをつけにやってくるが、尊大な孔子に圧倒され即弟子になる
(これだけでも子路のキャラがわかる)
荒っぽいが真っ直ぐで潔く感受性豊かな子路
遠慮なく孔子に問いただす
そして孔子によく叱られる(笑)

子路ら弟子と孔子は各地で領地を奪い合う荒れた時代の中国を旅する

お互いに良いところも悪いところも認め合う師弟
他にも孔子の個性あふれる弟子が登場し、それぞれのキャラクターが興味深い
そして孔子の素晴らしさ!
孔子の素晴らしさがわかりやすく表現されたものが以下
〜孔子の能力と弟子達の能力の差異は量的なものであって質的なそれではない
孔子のもっているものは万人のもっているものだ
ただその一つ一つを孔子は絶えざる刻苦によって今の大きさに仕上げただけのこと〜
特別じゃない人間の不断の努力の賜物を集めたような人物が偉大な孔子なのだ
そして荒くれ野郎だった子路がひとかどの人物となっていく…その姿がなんとも愛おしい
孔子の予感通り悲しい最後に…


「李陵」

漢の武将、李陵を中心に、歴史家の司馬遷、漢の蘇武(そぶ)の3人が主な登場人物

前半は敵国匈奴との闘い(省略)
後半は李陵が匈奴に捕らえられてからの物語
反逆者の扱いを受けた李陵は、漢に残る家族は全員死罪となる
しかし匈奴では悪くない待遇を受けることに…
複雑な思いを胸に、チャンスがあれば脱出しようと決意する

そんな李陵をかばった、たった一人が司馬遷
王に刃向かったとされ、屈辱的な宮刑(男性器を切り落とされる刑)を受けることに
司馬遷の悲痛な心の叫びが聞こえる
自殺を考えるも、絶望の中、何かが司馬遷を突き動かす
そう父と約束した史記を仕上げることの使命感だ
精力を傾け史記を仕上げたのち、魂が抜けたように暮らし、そして没する

昔の友人でもある漢の武将、蘇武(そぶ)と李陵は再会する
蘇武は李陵と同じく匈奴に捕らえら、自殺を図るも助かる
しかし匈奴に屈することなく、北方の地で極貧の生活をしていた
彼の生きる姿と自分を比較し複雑な気持ちになる李陵
蘇武は19年ぶりに漢へ帰る機会を得る
結果的に李陵は国に戻れず、蘇武は国へ帰ることができたのだ

この3人の比較が興味深いのだが、とにかく各人が壮絶すぎる
司馬遷の曲げられないまっすぐな性格と強い使命感
蘇武の愛国心からくる強い意志と決意
どちらも人の心を震えさせる強い力を持っている
そして李陵
勝手に裏切り者にされ、家族を皆殺しにされ、自害するのは簡単だが、よく考慮した上で、機をみて脱出を試みることにする
待遇の良さに複雑な気持ちを持ちながらも匈奴の首長である単于(ぜんう)の息子に尊敬され、いつしか友情のようなものが芽生える
しかし漢を攻める作戦だけにはやはり参加できない気持ちが捨てきれない
やがて漢の武帝が亡くなり、帰国のチャンスがあったものの…
戻って何になる、裏切り者とされ、どの面下げて戻れるのか…
匈奴の単于の娘を娶り子供も生まれている 元々裏切ったわけでもないのに、もはや裏切ったも同然の環境になってしまったのだ…
本心は帰りたいのであろう
蘇武は帰れるが自分は帰れない
漢にはもう家族もいなければ、ざんざん匈奴に馴染んでしまった…
もはや漢は自分の本当の故郷なのか?
李陵の揺れる心が切なく、何か手に取るように身近に感じてしまった
重厚で心揺さぶられる物語であった



4つの短編からなり、書籍としては薄いのだが、中身は濃ゆい濃ゆい!
個人的には「李陵」が沁みて、味わい深く後を引いた…(しんみり)
著者中島敦の複雑で短い人生を知るとさらに心に迫るものが増える

しかしこの時代の中国のえげつない刑罰の数々がおぞましい!
塩漬け(遺体を塩漬け)、宮刑(男性器を切り落とす)、他にも入れ墨、鼻を切る、足を切る
うーん、よくぞここまで悲惨な求刑を思いつくなぁ…

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 未設定
感想投稿日 : 2022年6月21日
読了日 : 2022年6月20日
本棚登録日 : 2022年6月20日

みんなの感想をみる

コメント 4件

アテナイエさんのコメント
2022/06/23

ハイジさん、こんにちは!

中島敦、いいですね~♪ 
彼の文体にゾッコンはまってしまった高校生のころ、うんうん汗をかきながら読んでみて、結局よくわかりませんでした。その後、大人になって読んでもよくわからないのですね(笑)。でもおもしろい。短編ながら、いやいや短編であるがゆえに深くておもしろくて、人間とはなんぞや? と物語を通じておもしろくはぎとっていく感じで。

ハイジさんのレビューのおかげで、久しぶりに本棚から「虎」を連れ出して遊んでみよう! と思います(^^

ハイジさんのコメント
2022/06/23

アテナイエさん こんにちは(^ ^)
コメントありがとうございます!

初中島敦なのですが、良いですねぇ
後からジワジワきます(笑)
人間の本質を突く鋭さと、押し押しじゃない知性が光りますね

アテナイエさんは高校生の時に読まれたそうで…さすがです
ええ、ぜひ虎と戯れてください!

アテナイエさんのコメント
2022/06/23

ハイジさん

それがですね、この本の最後の「李陵」が、どうにも記憶にないのですよね……もしかすると今まで虎とばかり遊んで、「李陵」の前で力尽きたかもしれません。

今回は虎と遊ぶのは後回しにして、「李陵」を先に読んでみようと思います。ハイジさんがしんみりお気に入りのようなので、きっとおもしろいでしょう。ちょっと変わり者の司馬遷も出てきますし。でも大著書をものした人ですから、展開が楽しみです。
レビューありがとうございます!

ハイジさんのコメント
2022/06/23

アテナイエさん

ぜひぜひ李陵読んでください
後半地味ながら考えさせられます…
李陵の司馬遷に対する気持ちもなんだかクスリとしてしまいます!

アテナイエさんのレビューを読んでみたいです‼︎

ツイートする