疫病神 (新潮文庫)

著者 :
  • 新潮社 (2000年1月28日発売)
3.66
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本棚登録 : 1403
感想 : 167
5

黒川博行氏といえば、筧千佐子のいわゆる「後妻業」を描いた同名の小説で一世を風靡したが、むろんその名は事件報道以前から知っていた。いわゆるハードボイルド小説をものしたら右に出るものはいないと思えるほどの作家である。黒川氏が書く二宮と桑原の「最凶」コンビと呼ばれるシリーズの第一弾が本作だった。

ところで、ごく普通の市民として生きていると、極道の世界にはなかなか現実的な感覚が伴わない。考えてみれば、身近なところにありそうでありながら、実態はアンダーグラウンドな世界に遮蔽されていて実際に目にする機会などまずない。

黒川氏は、そうした普段の我々からは闇に隠されている世界を、ハードボイルドという手法で描いてみせる。ハードボイルドゆえ、語り手の目や五感を通して得られる事実を粛々と書き連ねることとなる。読み手は緻密に描かれた物語の中の事実から立ち昇ってくる感情を、それぞれの読み手に応じて感受することとなるだろう。そのときに誰もが感じる感情こそ、畢竟、ワクワクドキドキといったものではないだろうか。

黒川氏の描写は、どんなシーンをとっても緻密で、丁寧で、読み手は容易にビジュアル化できる。それでいて、文章のスピード感は損なわれない。場面の転換も程よいタイミングで行われる。読み手は心地よいスピード感に乗せられて、あっという間に物語を読み進めてしまうだろう。

もちろん描かれている内容もスリリングだ。本作では、新たな産廃処理場建設を巡って、複数の極道が「シノギ」を求めて暗躍する。といっても、単なる極道同士の闘争ではなく、その裏でおのが手を汚さずに黒幕として姿を見せない奴らが存在するのである。黒幕の代表格は、政治家だ。彼らは極道に負けず劣らず、「シノギ」の匂いを嗅ぎ分けるのに長けている。おのが利権のためになら何でもする人種でなければ、少なくともわが国ではまともな政治家になどなれない。たとえ大馬鹿者であっても、金の匂いを嗅ぐことに長けていれば、政治家は務まる。ある意味では、一見「まともそう」に見える分、極道よりたちが悪い。極道や政治家が金の匂いをプンプンさせ始めると、そこには大手・中小のゼネコンやらヤクザのフロント企業やらが入り乱れ、互いに巧妙な策略を使い、容易に尻尾を掴ませないように複雑な構図を描いてみせる。

最凶コンビは、絡まった糸をほぐすように事実を追いかけ、時には大胆な推測に基づいて思い切った行動をとる。少しずつ交錯した糸がほぐれてくる。その過程を描いた物語こそが本作であり、糸をほぐすプロセスは、絶えず危険な場面の繰り返しである。ゆえに我々はそれを読むことでワクワクドキドキの黒川ワールドに引きずり込まれることになる。いちいち細かな心理描写などが描かれていたら、スリリングさは半減してしまう。黒川氏がハードボイルドという手法を採ったのは、慧眼というほかない。

疾走感あふれるハードボイルド=黒川博行ワールドは、かくも楽しいものであったか。これまで名前は拝見しつつも、作品を読んだのは初めてなことが悔やまれるほどである。黒川博行――またひとり、好きな作家が増えた。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 小説(ミステリー)
感想投稿日 : 2020年4月13日
読了日 : 2020年4月11日
本棚登録日 : 2020年4月6日

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