エンジェル (集英社文庫)

著者 :
  • 集英社 (2002年8月20日発売)
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今日は幽霊が主人公の物語。


『エンジェル』 石田衣良 (集英社文庫)


主人公・掛井純一は、殺されて埋められる自分の姿を目撃し、自分が幽霊になったことを知る。
しかも、彼は死ぬ直前二年分の記憶を失っていた。
自分は誰に殺されたのか。
なぜ殺されなければならなかったのか。
純一は、自分の死と空白の二年間の真相を探るべく調査を開始する。

優しすぎるなー。
主人公が。
でもそれが全然嫌な感じじゃない。
幽霊になってからの純一の頑張りには心を動かされる。

彼がこれまでの人生を再体験する「フラッシュバック」の章は圧巻だ。
なんと母胎の記憶からそれは始まる。
生まれてくる赤ん坊に、今の純一の意識が入り込んだ誕生の瞬間は、あまりにもリアルで怖い。

彼は光の渦に飲み込まれながら、あまり幸せではなかった数々の場面を追体験していく。
父親に10億で売られた大学時代。ゲーム制作会社でのアルバイト。
その後、ベンチャー企業に資金を援助する投資会社「エンジェルファンド」を設立する。

……と、フラッシュバックは非情にもそこで終わる。
二年間の記憶を積み残したまま。

ああ、何だかやりきれないなぁと私は思った。
とても幸せには見えない純一の短い人生をともになぞっていくうちに、やはり、“殺される”というゴールがあまりにも理不尽であるように思えてくるのだ。

純一はパソコンのデータを調べるうちに、ある映画に自分が個人投資家としては高額すぎる投資をしていたことを知る。
自分を埋めた二人組がその件に関わっていたことや、その時付き合っていた女性がいたことが分かってくるにつれ、謎は混迷を深めてくる。
ミステリー、サスペンス、バイオレンス、そしてゴーストものとしてのファンタジーの色合いも濃くなり、どんどん物語から目が離せなくなる。

生きていた時の純一から感じられたのは、諦観というのとも少し違うマイナスの諦めだったが、死後の純一は精力的に動き、感情を表に出し、とても生き生きとしているように思える。
読んでいてこちらまで楽しくなってくる。
瞬間移動で瞬時にどこへでも行けるし、張り込みも、刑事や探偵のように本人に見つからないようにこっそりやる必要はなく、堂々と隣に座って話を聞いていることもできるのだ。

しかし、幽霊だからといってすべてに万能なわけではなく、例えば彼の“電気使い”の能力(ポルターガイスト?)とか、音声化や視覚化(化けて出るっていうやつですか)なんかも、血のにじむような練習のたまものである、というのが面白い。
世の中の幽霊がみんなそんな努力をしているのかと思うと、幽霊に親しみを感じます。
全然怖くないし(笑)

物語の終盤、明らかになる意外な人物の事件との関わり、そして悲しい裏切り。
もっと怒ってもいいと思うんだけどね。
なぜか純一は、直接自分に手を下した張本人にでさえ優しい。
よく考えるとこの小説、どうしようもない極悪人がいないんだよね。
そういうところがちょっと甘さになって、ライトな感じになってしまっているのは否めないけど、先にも書いたようにそれが全然嫌じゃない。

自ら二年間の記憶を消し去らなければならなかった悲しい理由と、ラストの衝撃の決断。

ああ…
ハッピーエンドかどうかは、正直私には分からない。
けれども、“死者としての生”を精一杯生きた純一が私は好きだ。
まさにエンジェル。
その優しさは、人生をまっとうした人の崇高さだと思う。

読書状況:読み終わった 公開設定:公開
カテゴリ: 石田衣良
感想投稿日 : 2022年4月6日
読了日 : 2009年8月7日
本棚登録日 : 2022年4月6日

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